公開投稿
2025.10.13 22:59
1013 SSS
このままじゃ駄目だと思考を切り替えて、どんな剣を振るうんだろう、と剥き出しの二の腕を見る。膂力を必要とする類の豪剣、というだけではないはずだ。お兄さんと近い剣なのだろうか。
刳雲契約者だった巳坂さんのお兄さん、巳坂伊武基さんの剣は、父さん曰くバラガキの剣だったという。道場で倣い覚え鍛え磨いた端正な剣ではなく、環境によって柔軟に変化する器用さを持ちながら、性格的なものもあるのか、最終的には広範囲を薙ぎ倒し振り切る力の剣士だった巳坂さんを評する父さんの言は「二十歳超えて悪ガキやれるのは才能だよな」だった。当時も思ったけど、これは褒め言葉なんだろうか。加減がいまいちよくわからない。
ただ、父さんはとても愉快そうだったから、前向きな発言だったはず。――巳坂さんは父さんとあまり会ったことがないようなのに、どこで父さんの評を確定したのだろう。そう、父さんが刀馬鹿であることは否定しようがないので。その疑問を見透かされたのか、巳坂さんが口を開いた。
――お前の親父さん、六平、な。会ったのは一回こっきりだったけどよ、兄貴から結構聞いてんだ。――巳坂さんから。あんな馬鹿見たことねぇってよ。……。刀馬鹿で、馬鹿正直で、カジバの馬鹿力に才能乗っけたとんでもねぇ奴だったって、――兄貴的にはな、これ、すげぇ褒めてんだよ。語彙力ねぇから一つ覚えに馬鹿しかつかえてねぇけど。……そう、なんですか。そう、いや俺も今言ってて我が兄ながら馬鹿だなって思ってっけどよ。
巳坂さんのお兄さん評はなかなか厳しいところもあったが、自分にはいない兄弟という存在への愛着も感じられる。同時に、父さんの巳坂さん評にもあった親しみがあった。父さんと巳坂さん、多分、お互いに通じるところがあったんだろう。父さんは巳坂さんほどの物騒さはなかったと思いたいけど。確かお兄さんと巳坂さんは二歳離れていたはずだ。父さんが巳坂兄弟について話していたことを思い出す。あそこは兄弟二人揃って腕が立つって有名でなぁ、あの不良剣士っぷりはあっぱれだったぞ。
きっとお兄さんと一緒に鍛錬してきたのだろう。近くて、でも違くて、ずっと追いかけて――お兄さんが妖刀の契約者に選ばれて、そしてもう、その背中は見えない。自然と父さんのことを思い出した。
今は亡き人のことを語るときに少しだけ胸を過ぎる寂しさと、確かにあった時間の温かみを巳坂さんも知っているのだと思う。目線を下げた先にある傍に置いた刀、柄頭を二、三度撫でたときの彼の表情はよく知っていた。