公開投稿
2024.12.26 18:47
Mouthwashingをやりました
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11月下旬、X(旧Twitter)のおすすめTLを眺めていたらぽつりと流れてきたとあるイラスト。包帯でグルグル巻きにされた痛ましい姿の人ひとりを囲む作業員のような服装のひとたち四人。
これはいったいなんの絵だろう?と思ってキャプションを読んでみるとそこには”Mouthwashing”の文字列が。そういうタイトルのゲーム作品であることを知って、興味を持ちました。
時は少し経って12月中頃、Youtubeでプレイ動画を調べて視聴。緻密なストーリー構成と衝撃的な展開の数々に度肝を抜かれました。そして決断しました、「これは自分の手でプレイするしかない」と。
そうして2024、年の瀬に今話題のホラーゲームMouthwashingをプレイすることとなったのです。
※以下の文章はゲーム本編のネタバレを多く含んでいます。クリア後の閲覧を強く推奨します。
一言で感想を述べるならば、「とても良質なストーリーでもう二度とやりたくない」です。
隕石と衝突し遭難した宇宙船の中、備蓄の食料・資源がなくなっていくのを横目に見ながら静かに狂っていく人間の様を瞼のない眼に見せつけられているような感覚でした。プレイヤーである自分でさえも閉塞空間に閉じ込められたと錯覚してしまいそうでした。
狂気に完全に陥っていない、理性も混じった不完全の狂気を抱えているにも関わらずそれには気付かず、自分があたかも正常なままでいると思い込んでいる人が自分の正常を盲信して進んだ先の破滅。自己満足と自己陶酔が極限の状況下で力を持ってしまったらどうなるかを思い知らされました。あまり上手く嚙み砕けていない部分も多くあるのですが、ひとまずストーリー全体における感想はこんなところです。
ここからは各キャラクターに着目した感想です。
〇アーニャ
タルパ号クルーの紅一点で看護師、ということで衝突後は全身大火傷したらしいカーリーに鎮痛剤を投薬する役割を担っていましたが、「声に耐えられない」と言ってジミーに投薬を代わってもらっていました。この部分、おそらくアーニャは事故後ずっとカーリーの面倒を見ていたんだろうし、そうなれば目を逸らしたくなるほどの大怪我を負ったカーリーを見ている時間は他の誰よりも長かっただろうしで、逃げ出したくなってしまうのも分かるなあと思いました。ジミーを操作してカーリーに鎮痛剤を与える場面で、ほんの数十分数時間しかその様子を見ていない画面の前の私もあまりの痛ましさに思わず顔を歪めてしまって、アーニャが過ごしていた時間のことを考えるとむしろ「看護師」の肩書を少しのあいだでも良いからおろして休んでほしいと強く感じました。ジミー、お前……。
いかにも薄幸そうな見た目でしたがその印象を上回るほどの薄幸っぷりで、鎮痛剤を大量服薬して自殺したときもあれこそが彼女の「最高の瞬間」であることになんら間違いはないのだと確信できてしまい、もし延命のための低温凍結ポッドが複数残っていたとしても積極的に乗りたがらなかっただろうなと……。
船員は自分以外全員男性。これで寝室というプライベート空間に鍵をかけられないのは恐怖以外の何物でもないし、実際ジミーに襲われ妊娠までしてしまっているので、アーニャの抱える絶望と孤独感は深海ように計り知れない深く大きなものになっていたでしょう。今思えばアーニャがカーリーの首の皮一枚つないだのも、自分の絶望を知っておいてなお事態の抜本的解決をはかろうとしなかったカーリーへ「苦しみを祈」ったからで。 今はただ、彼女が安らかに眠れていることを祈るばかりです。
〇ダイスケ
はじめて名前を見たときに驚きました。まさかの日本人。日系人なのかもしれませんが、それはともかくとして少し親近感があります。実況動画を視聴したときからなんとなく目で追っていましたが、十代の若者らしく生意気なところもあるけど根っこは真っすぐで純朴な可愛いインターン生で、今ではすっかり推しです。かわいい。
インターンシップによる急な増員でやってきたらしいので、クルーの中ではアーニャと同じかそれ以上に立場が弱かったはず。本人の根が真面目なところも利用して彼を通気口にけしかけたジミーを本当に恨みそうになりますし、実際ダイスケを介錯した直後のスウォンジーさんとの会話で私は「お前が殺したようなものだぞジミー!」と叫んでいました。
お母さんがダイスケの将来を心配して取りつないでくれたインターンで将来どころか人生自体終わってしまうのが物悲しい……。「何をしても失敗ばかりで」「全くのクズですよ」の言葉がつらい。良い師には出会えていたから、衝突事故さえ起らなければダイスケもやがて自分の目標を見つけて成功体験を重ねて自信をつけることもできたのかなと、もう起こり得ない未来ばかりを思い描いてしまいます。
アーニャのいる医務室に行くために通気口を通ろうとする場面、ジミーによるパワハラが大きな要因となったのは確実ですが、それ以外に「重大なことに関わらせてもらえない無力感」もあったからなのではと思っています。こんな状況の中で自分は何もできない、何もさせてもらえなくて。一応キッチンの在庫管理は任されていて「大事なことだから」と教えられてもいたようでしたが、「失敗しても特に大きな問題は起こらないから」の采配であることに彼自身も気付いていたようですし、その無力感に蝕まれた結果が途中あったマウスウォッシュでの酔い潰れ(メンタルブレイク)であり、そして通気口への突入につながっていったのでしょう。カクテル作るあたりの軽い言動も空元気にしか見えなくてただただ心ばかりが削れていく。今際の際でのスウォンジーさんの言葉は聞こえていたのでしょうか……。どうか、あの世でスウォンジーさんから与えられた不器用な愛情を腕いっぱいに抱えて日差しのような笑顔を浮かべていてほしいです。
〇スウォンジー
作中屈指の常識人。死ぬべきではなかったお人。死ぬべきではなかったのは全員に当てはまるんですが……彼が最後の砦だと感じていたので……。あと何故か名前呼ぶときにさん付けする。呼び捨てができない。プレイ中は「おじさん」と呼んでいました。
初印象はぶっきらぼうで皮肉屋で心底取っつきにくい人でしたが、物語が進むにつれて不器用なだけでその実クルーの中で誰よりも人と状況をよく見れていた常識人であり、ダイスケやアーニャといった若者を大事にしていた人なんだと判明していきひっくり返りました。しかしそうだと分かったころにはもう既にプレイヤー(ジミー)とは敵対状態にあって、ストーリーの構造的にもスウォンジーさんを手にかけなくてはいけなくなっているのが心苦しい……。
ひとつだけ破損を免れていた低温凍結ポッドを隠し続けていたのは他ならぬダイスケを乗せるつもりでいたからなのだと思っています。アーニャと迷っていた説もお見かけするのですが、アーニャの置かれている状況を踏まえるとひとり生き延びたところでお先真っ暗であることはスウォンジーさんも理解していたと思うので、自身の愛弟子であり生き延びた先の希望が残っているダイスケを守りたかったのだと。また、年若い弟子が重苦しい責任を負わずにいられるようにもしていたんじゃないかとも思っているんです。ダイスケはポニー運送の正社員ではなく、たまたまタルパに配属されただけの傷一つない若者。そんなダイスケを「責任能力がないから」ではなく「余計な責任や苦しみを背負ってほしくないから」できる範囲で一生懸命に守ろうとしていたのでは。その努力がジミーの行動によって水の泡に……。
「忌々しい日差しみたいな役立たず」、この一言にスウォンジーさんからダイスケへのありとあらゆる感情が詰め込まれていて、はじめてこのテキストを読んだときには言葉を失い涙ばかりがあふれ出てしまいました。飲んだくれの荒れた生活から脱しようとして、理想の「良い人間」になろうとしてそのために必要なものを全て揃えて、円満な家庭を築いて子供も育て上げて、確かな幸福はそこにあったけど、肝心の自分は理想の姿に届いたとは思えなくて。むしろ老いていくごとにどんどん醜くなっているとすら思っていたのに、そこへ突如として現れた眩しい太陽。自分を打算も何もなく純粋に慕ってくる若造、どんなに突き放してもどこまでも忠犬のようについてくる弟子、失敗ばかりだけどめげずに努力を続けるただひたすらに真っすぐなこども。自分が教える立場だったのに、いつの間にか「教えられる立場」にもなっていて、それが心地よかった。だからこそそんな小僧が目の前で苦痛に悶え苦しんでいる様子を見てひどく後悔したんだろうし、最後まで守り切れなかった自分が憎くてたまらなかったのかもしれません。だからダイスケが死ぬ元の原因となったジミーに斧を振りかざして、「オレにだって言い分がある。だから黙って聞け」と言ったのでしょう。
あのときダイスケにトドメをさしたのはダイスケに「これ以上苦しみを背負わせないため」で、これは後述するジミーとカーリーの関係とも対比になっているのだと思います。皮肉に覆い隠された愛情がこれでもかというくらい深い方でした。どうかあの世でダイスケの日差しに照らされて心穏やかに過ごしてほしいです。
〇カーリー
船員を巻き込んで自爆した船長……かと思いきや、実は衝突しようとした船をなんとかしようとして全身に火傷を負ってしまった不憫な船長。
普通に優しい人なんだとは思いますが、その優しさが空回りしていたり、どこかズレていたりと常にボタンを掛け違えているような印象を覚えました。不眠症になっていたようですし、疲労が重なってなあなあなことしかできない状態になっていたのかもしれません。アーニャの件についてはかなり悪手をとったと感じていて、それによるアーニャからの信用のなさも彼女のセリフ「何をしてくれたって言うんです?」から読み取れるのがなかなかにキツかったです。カーリーの罪は「ジミーに強く出なかったこと」「優しすぎたこと」でしょう。そのためにアーニャの苦しみが透明化されてしまったのですから。だとしても下された罰が不相応に重いので、低温凍結ポッドに乗せるべきではなかったですね……。
責任感は確かに強い人ではあったと思います。そして、船長としての能力もしっかり持っていたとも思います。ただその能力を遺憾なく発揮するためには彼の持つ生来の優しさが障害だったのでは。良くも悪くもカーリーは優しすぎたのです。そしてゲーム本編でのカーリーの優しさはほとんど全てが空回りしています。友人にも強く出られないカーリーの「優しさ」がジミーを暴走させてしまったのでしょう。そして終盤では、自分の意志では動かせない四肢と前身のただれた皮膚に閉じられない眼球、ろくに口もきけないと、「生きている」とは手放しで言えない状態であるにも関わらず、ジミーの自己満足に巻き込まれて二十年間の凍結を施されてしまいます。もし救出されたとしてどうなるのか、彼の身体は解凍に耐えられるのでしょうか。耐えられたとして、救出されてから彼はどうすればいいのか。自力で何もできない状態で無意味な延命処置だけとられて、カーリーの安眠できる日はいつ来るのでしょうか。これが苦しみを祈られた者の末路なのかもしれません。
〇ジミー
船員巻き込んで無理心中しようとした船長の尻拭いをしようと奔走する新船長……かと思いきや全ての元凶。
人間の弱い部分を全て詰め込んだかのような弱さの集合体。現実離れした巨悪などではなく、誰の内側にもありそうな弱さをありありと見せつけてくるから見ていて胸糞悪いの一言しか出ません。諸悪の根源として多くのファンから暴言が飛んだり二次創作でボコボコにされたりと散々な目に遭っています(妥当である)が、あれは決してジミーだけが持つ特質なのではなく、人間が普遍的に抱えている弱さと醜さの象徴であることは頭に留めておきたいところ。
自分より上の立場にいる者への劣等感、責任を負うことへの恐怖、そこから逃げ出したくなる衝動、自分が失敗したときに思考停止してしまう打たれ弱さ、その他の様々なジミーの側面。これら全てとはいかずとも、どれか最低一つは人間が心のうちに無自覚無意識に抱えているもので、そんな弱さを覆い隠そうとして自己満足のためだけに短絡的な行動に走ってしまうのも人間にある弱さで。自分も持っているかもしれない弱さを眼前に押し付けられる不快感と焦燥感がありました。すさまじいキャラ造形していると思います。嫌悪感を抱かずにはいられないのに、どこか自分もそうかもしれないと思わせる説得力があって、それはジミーであるからこそプレイヤーに与えられる感覚なのでしょう。
ジミーは自分の脳内でずっと自分の都合の良い物語を展開していて、私たちプレイヤーもジミーを操作することでその「物語」の世界に没入させられていたわけですが、ゲームの進行と共にプレイヤーに見えているものとジミーに見えているものに亀裂が入ってきて、プレイヤーが操作しているはずなのに解離しているような構図に変化していくのはお見事。このゲームにおける最悪の9割は彼が招いたと言っても過言ではないです。そしてなぜそうなったのかを理解できてしまう私たちプレイヤーの中にもジミーはいるのでしょう。そこも含めて最悪と感じました。
感想は以上となります。
Mouthwashingはプレイ動画を見るのも良いですが、自分の手でプレイすることに大きな意味を持つゲームなのではないかと今回の体験で感じた大きなことです。すごく貴重な体験であり刺激でした。二周目をすることはない……実績解除のためにやりたいですがしばらくはできなさそうな状態になってしまいました、が、実際にプレイしてみて本当に良かったと思っています。この感覚と激情はプレイしなければ味わえなかったはずです。開発陣の皆様に宇宙サイズの感謝を伝えたいです。ありがとうございます。そしてこのゲームに出会わせてくれたあの時のイラストとその絵師さんにも感謝を伝えたいです。ありがとうございます。2024年の最後に素晴らしい作品と巡り会えました。激ヤバ超スゴ鬼エグいマジ最高です。ありがとうございます。幸福を祈る。
今回は珍しく夕方に執筆したのでこれから夕ご飯の時間ですね。
ここまでの長文を読んでくださった方へ、ありがとうございます。今晩なにを食べるかお決まりでしょうか。私は決めていません。
それではごきげんよう、美味しくてあたたかいごちそうを美味しく味わえますように。