聖家族 或いは狼の血族

親愛なるお母様へ お母様、僕は貴女の愛する息子としてこれまで生きてまいりました。
 誇り高き一族の長男として、亡きお父様の分まで家族を守り、支え、
 慈しむのだと物心ついた頃にはもう誓っていたのです。
 けれども無垢な時代を過ぎ、貴女に庇護される子ではなく一人の
 立派な男になろうというとき、心の隅に潜んでいた一片の不安が
 にわかに大きく膨れ上がりはじめ、僕の心を侵していきました。 お母様、なぜ僕の耳は妹たちよりも小さいままなのですか。
 お母様、なぜ僕の目は暗闇に光ることがないのですか。
 お母様、なぜ僕の手は鋭い爪や滑らかな被毛を纏わないのですか。
 お母様、なぜ僕の口には貴女のような優美な牙が並ばないのですか。 いいえ、本当は知っているのです。
 私のまことの家族は、貴女に食い殺されたということを。
 赤子の僕を、貴女が連れ去ったということを。
 償いなのか、それとも後で食べてしまうつもりでいたのか、貴女が僕を
 攫った真意を知る由は、僕にはありません。
 しかし、貴女は確かに僕を愛している。僕には解ります。
 何故なら僕も貴女を愛しているからです。
 僕に、まことの両親の記憶はありません。
 それゆえに僕の本当のお母様は貴女ただ一匹しか居ないのです。 それなのに僕は、貴女のほんとうの息子になることができない。
 僕は、人間です。
 貴女の血のひとしずくも、この身体に流れてはいない。
 貴女たちと共に夜を駆けることができない。
 牙で獲物を狩る祝宴を饗することができない。
 永い永い時を同じ歩幅で往くことができない。
 それが、ひどく悲しいのです。 ですから、お母様、どうかこの僕を食べてください。
 死の皿に乗る僕の血と肉と骨と髄を、貴女の腹に収めてください。
 僕の魂はそこでかつての両親と出会い、貴女の血肉と成り、僕は
 はじめてほんとうにお母様の息子として生まれることを許されるでしょう。 今ひとときだけ、さようなら、愛しいお母様、可愛い妹たち。
 また会いましょう。
 その時は人間ではなく、貴女方に連なる狼の血族として。

――縊死した人狼侯爵ロルフハウゼン家養子クリストファが、母ロザリーンに宛てた遺書


異種ラブアンソロジー「愛のカタチ」寄稿

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