公開投稿
2025.03.04 23:38
5周年記念スト読了メモ
18話で「元の世界にいた時好きだった歌」の歌詞が思い出せなくて、鬱蒼とした木立に佇んだ賢者様のことを考えていました。
それから26話で言及された、誰かや何かがそこから去った後も残り続けるもの、についても。後者はフィガロの4周年SSRカードエピソードを思い出しながら。別離の後に何も残らないわけじゃない、彼がそう言葉にしてくれたことを。
さて、アニバスト本編。
読んでいる最中は声を出して笑い、また涙も流しました。
12話の精霊の歌をめぐる一連の流れ(「聴ーかせろ! 聴ーかせろ!」「はい! はい! はい! はい!」)本当にやばかったですね。ミチルとレノのマルバツも。特に真夜中に読んでいると妙にこの流れとこちらの思考との「波長」が合ってしまって、静かな笑いが延々と止まらなくなって駄目。色々と完成されていてただただやばいです。
大好き。
読み終えて真っ先に考えたのは、〈他者〉という虚構の物語が自分の世界に肉薄する瞬間のことでした。
臆病な魂には恐ろしいけれど、ごく普通の現象で、要するに過去に触れた本が魂に影響を与えたのと同じ。これまで自身の視野や行動を変えたもの、目を通して忘れたもの、無数にある。人と関わるのは誰かを読む行為だとも感じる。ページをめくり続けなくても疲れたら閉じる自由があり、また開ける距離感は「友人」……向き合うのに体力が必要な「好敵手」や、教え諭してくれる「先生」がいて、読んでいない時にも思考に介入してくる一冊があって。
種類を問わず、好悪に関係なく、ひとつでもあれば完全な孤立とは言えなくなる繋がり。
心の本棚には沢山の人達がいるようです。
名前だけで温度のない、
名前だけで実態を知らない、
どこか架空の生き物のような……
20話でそう表現されたものは「面識のない者」や「食べたことがない菓子」であり、同時に他のものにも当てはめられる要素です。
例えば言葉、観念で存在を認識していても実際には足を運んでいない土地、見たこともない事物……があったとして、それは突き詰めると、フィクションに登場する名称に似ている。
頭の中にしかない(確かな手触りのあるrealとして存在し得ない)という要素が。
例えば親しい友達が体験した話であっても、自分の経験ではないという一点において、真偽を問わず現実とは離れたところに位置している。人ひとりの身で本当に実感を持てるものの数は決して多くなく、だからこそ日々の中で「想像で成り立っている営み」のことを考えるのが大切なのかもしれません。
ディートフリートのキャラクター造形も魅力的でした。
初めは魔法舎の皆に不利益をもたらす立ち位置だったらどうしよう、と震えていたのですが、シノとの関係、彼を見守るまなざしも含めて敵ではない方の味わい深さがあり(もちろん物語上、仮に対立する勢力側として描かれていても同じであったと思いますが)胸をなでおろしたのを振り返っています。
他人と心を繋げようとすると、
全部あげたくなってしまうし、
全部欲しくなってしまう。
混ざり合い、引き剝がせなくなる……
と、彼は言う。まともに歩けなくなってしまうのだと。
それは種族が異なれど私達人間の誰かが持ち得る性質と同じで、けれども彼は魔法使いで、通常とても長い時間を生きられる(そうせざるを得ない)人物でもあって。
事あるごとに発されるフレーズ「心に従う」って、根本的にはどういうことだろう。
各種ストで色々な角度から掘り下げられているテーマの側面のうち、また新しい一面を示してくれたディートフリートに、またどこかで会えるよう祈って。