今回のお題、「シングルアームパンタ」は、ひとつの物語があります。

実は最初に描いていたのは、今回お送り(後述の月刊鉄道誌)するイラストではなかったのです。

ひねくれ者の私、このお題で昭和30年代最初にほんのわずかな期間、路面電車に見られた元祖シングルアームパンタといえるポール改造の「Ｙゲル」をつけた西鉄電車を描いていたのです。イラスト自体はとりあえず完成状態で、背景をどうしようかと迷っていたところだったのでした。

ところがそのころ、長崎で非常に残念な事件がおきました。前市長、伊藤一長氏の射殺事件です。私のイラストを見てくださって、非常に気に入っていただいた市長さんが凶弾に倒れた…。世界に平和を発信し続けてきた市長さんが平和を祈る街で銃によるテロで暗殺されたということに深い憤りと悲しみを隠すことはできませんでした。そこで急遽描き上げた、実質的に追悼イラストです。

今回お送りするのは、長崎電気軌道1800型電車です。ロケーションは大浦海岸通から大浦天主堂下にかけて、長崎港沿いのカーブを曲がるところです。

ここは、以前「海の見える風景」で描いたのと同じ場所ですが、今回は長崎四大まつりの一つ、長崎帆船まつりの風景にしてみました。後ろに見える帆船は、わが国最大の帆船、日本丸です。ちょうどゴールデンウイーク前半の五月晴れの下、白帆を広げた日本丸は海の貴婦人と呼ぶに相応しい美しさです。

イラストでの日本丸、予想以上に手間はかかっていません。案外手間取ったのは1800型のほうで、多分、こちらのほうが時間はかかっているでしょう。そして今回も沿道にたくさんの観光客をあしらってみました。

初出：ネコパブリッシング社「レイルマガジン」誌2007年9月(#288)号