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2025.01.16 00:39

マルイゾオメガバ本「Songs for the Blue」サンプル

BOOTHにて通販:https://fujihara-b1.booth.pm


2/14-15ピクリエ様にて開催予定のマルイゾオンリー「Be My Valentine」にてネット通販を行う予定です。

・A6(文庫本)114ページ+表紙。

・500円+匿名配送料。

以下、最初の20ページくらいと、R18シーンの一部をサンプルとして掲載します…!よろしくお願いします!


※※※


出逢いと目醒め


――運命の番。

 それは、マルコがアルファだとわかった時に白ひげが教えてくれた言葉。

 出逢った瞬間に本能的に互いをそう認識するが、出逢える確率はほぼゼロに等しいという。兄弟たちの中には「御伽噺のようなもの」だの「運命に囚われずに番を作った方が良い」などと言う者もいたが、まるで、幻の宝を追い求めるようだと少年マルコの胸はときめいた。天涯孤独だと思っていた自分と結ばれるべくこの世に生まれた相手がいるとは、思ってもみないことだった。この海のどこかにいる自分だけの運命の番――ああ、何て素晴らしい!

 まだ見ぬその人と必ず出逢ってみせると、マルコは固く誓ったのである。


 それから、いつその時が訪れてもいいようにと、白ひげは常日頃マルコに抑制剤を持たせていた。突然オメガのフェロモンに中てられ、我を忘れて凶行に及ぶようなことがあったら、この心優しい息子は己を許せないだろう、と。

 しかし、そんな親の心配をよそにマルコに覚醒の兆しは現れなかった。

 とある島で、白ひげのアルファ性に誘発されて事故的にヒート状態に陥ってしまったオメガに遭遇したこともあった。さすがにこれはマズイ、と船医は真っ先にマルコの様子を伺ったが、当の本人はけろっとしていた。アルファの兄弟分たちが次々に抑制剤を口にする中、マルコだけは「んー? そんなイイ匂いするか?」とスンスン鼻を鳴らして首を捻っていた。

 その後も何度か似たようなことがあり、もしかするとマルコは特異な体質で、覚醒せずに一生を終えるのかもしれない、と白ひげは考え始めていた。故に油断していたのだ。

 

 その日は突然やってきた。

 海賊船モビー・ディック号は激しく渦巻く難しい海流の航海に挑んでいた。周辺はゴツゴツとした岩が幾つもそびえ立ち、一瞬でも気を抜いたら船は海の藻屑となってしまう。全員の集中とチームワークとで何とか切り抜けたものの、今度は目の前に巨大な滝が立ち塞がり、ついに万事休すかと思われた。ところがそこで船長白ひげから下された直進の指示で帆を張ると、船体が滝を上り始めたのである。そして奇跡的に滝を上り切ったところでモビーは強い衝撃を受けて座礁した。

 自分たちを守ってくれたモビーが壊れてしまった姿を見て、マルコの胸は痛んだが、それ以上にあたりを見回してとにかく驚愕した。

「滝を登ったよなァ……?」

 白ひげも目の前の光景が信じられずに唖然として呟く。それもそのはず、そこは海が広がる浜辺だったのだ。モビーから全員降りて無事を確認すると、ひとまず物資の調達へ向かう流れになった。白ひげ曰く、人の気配はあるという。ここはどんな国でどんな人間がいるのだろう、とマルコの好奇心が大いに疼いた。誰が調達に行くか行かないか言い合いをしていたその時、突如として白ひげが身構える。

「おい、下がっていろ、お前たち。何か来るぞ……とんでもねェのが」

 明らかに殺気立ったその横顔にマルコにも、兄弟分たちにも緊張が走る。自分たちはよもやとんでもない国に足を踏み入れたのだろうか?

 凄まじい勢いで襲いかかってきたのは、筋骨隆々とした二刀流の大男だった。迎え撃った白ひげと最初の一撃をまみえた刹那、とてつもない爆風が巻き起こり、誰もが相当な手練れであると認識する。とにかく強い。

「おれの名は光月おでん! 誰だか知らんがお前の船に乗せてくれ!」

 勝手に名乗ったおでんという男は、モビーに乗せろと言いながらも何故か白ひげへの攻撃の手を緩めない。

「何なんだアイツ?!」

「敵なのか友好的なのかわからねェ! 滅茶苦茶だ!」

 兄弟たちと同じくマルコも困惑していたその時。

 

 ドクン。

 

「……?」

 何故か心臓が一拍強く脈打ったのを感じた。続けて更に強く、激しく鼓動する。

 ドクン、ドクン、ドクン。

 ――近い。そこまで来ている……!

 誰かが近づいてくるのをはっきりと感じる。もしかして、見聞色の覇気というやつが目覚めたのだろうか。

 目の前では白ひげとおでんとの戦いが繰り広げられていたが見ている余裕すらなかった。身体が勝手に熱を帯び、呼吸までもが苦しくなってきたその時。

「おでん様ァ!」

 遠くから声が聞こえて、マルコはハッとした。

 近づいてくる人影が五つ。その中の一人を視界に捉えた瞬間、心臓が破裂したのではないかと思うほど、強い衝撃がマルコを襲った。その衝撃はうねりとなって全身の血管を駆け巡る。

 

 大きな瞳。豊かな黒髪。赤い唇。白い肌。

 ああ、何て美しい。

 おれの運命の番だ。おれのツガイ。オレダケノツガイ……

 

 ブワリ。

 

「⁉︎」

 突如むせかえるほどのオメガのフェロモンが漂い、その場にいた全員がぎょっとして出処を探す。だが、それに加え明らかに異質な熱を感じて白ひげは思わず振り返った。

「マルコ⁉︎」

 目線の先にはラット状態の息子がいた。これまでどんなオメガのフェロモンに中てられても覚醒しなかったマルコが今、その性を芽吹かせ、ふらりふらりと歩み寄るその先には――。

「イゾウ⁉︎」

 おでんにそう呼ばれた女、いや、男は自分の体を両腕でかき抱くようにして膝から崩れ落ちた。強烈なオメガのフェロモンを発している張本人であることは明らかだった。

「イゾウ、っていうのか……」

 凶暴なまでに自分の身体を支配しようとする欲望を抑えつけ、マルコは目の前の美しいオメガに声をかけた。イゾウもヒート状態で浅く荒い呼吸を繰り返している。うっすらと涙の膜が張った瞳が自分の姿を映した瞬間、マルコの腕がバサリと音を立てて碧く燃える翼に変わり、黄金の尾が揺らめいた。

「……!」

「お前を探してた。おれたちは運命の番だ。わかるよな?」

「あ、……」

 護るように、そして、己のものだと主張するかのようにマルコはイゾウを翼で包み抱きしめる。一瞬ビクッと身体を強張らせたイゾウはしかし、あまりの心地良さに大人しく身を委ねた。

「いい匂いだよい……たまんねェ」

 白い頸に吸い寄せられるように口を開けて顔を近づけた瞬間、ガツン!と頭に衝撃が走り、マルコはゆっくりその場に倒れた。白ひげが拳を落としたのだ。鍛え上げられたアルファは、オメガのフェロモンを覇気で遮断することができる。白ひげも例に漏れず、飄々とマルコの身体を肩に担ぐと、呼吸もままならないほど苦しそうなイゾウを見下ろした。

「これを飲め。オメガの抑制剤だ」

 大きな手で無理矢理口の中に押し込まれた錠剤を飲み込むと、イゾウはプツリと意識を失った。

 

「んん……?」

 パチパチと焚き木が炎に弾かれる音に気づいてマルコは目を開けた。いつの間にか昼寝をしてしまったのだろうか、とぼんやり記憶を辿る。モビーが座礁した海岸で、物資を調達しようとしたらおでんと名乗る変態が襲ってきて、それから……

「イゾウは⁉︎ おれの運命の番っ〜〜ぃってェ!」

 叫びながら跳ね起きると頭に激痛が走った。恐々触ってみると見事なたんこぶが出来ている。

「おう、マルコ。起きたか。ブン殴っちまってすまなかったなァ」

「オヤジ……いや、おれよく覚えてねェけど」

「お前はラット状態だった。オメガの小僧の頸を噛もうとしていたのをおれが殴って止めた」

「うわ……最悪だ。それも覚えてねェ」

 マルコ、イゾウ、互いに初めて己の性に覚醒し、それぞれがラット、ヒート状態だった。幾らアルファとオメガだからと言っても、ああまで影響し合うことなど早々ない。互いに強く惹かれ合っていたのは第三者目線でも明白だった。あの後白ひげがオメガの抑制剤を幾らか渡してイゾウをよく休ませるように言うと、おでん一行は礼を告げて引き揚げて行ったという。

「アイツの家どこだい、オヤジ。おれ、ちゃんと抑制剤飲むから、見舞いに行っても良いか?」

「駄目だ。おれを襲撃してきた光月おでんはこの国の王族で、小僧はその家臣だ。本来、そう簡単に会える相手じゃねェ」

 白ひげはそこまで言うと手にしていたジョッキを置いた。パチン、とまた焚き木が鳴る。

「あのおでんが王族⁉︎ ってことはイゾウも城に住んでんだな? すげェ! ええと、じゃあ謁見の申し入れとか必要なのか?」

「マルコ、よく聞け。このワノ国では出国も入国も違法なんだ。おれたちは今、船の修復のために特例で港にいることを許されてるだけだ。そもそも、この先お前はどうするつもりなんだ? モビーを降りてこの国でアイツと生きてくのか?」

「い、いや、それはねェよい! 出来れば……アイツに一緒に来て欲しいと思ってる、けど……」

「アイツは海に出たがるおでんを止めにここに来た。この国を出ようなんて、ハナから考えちゃいねェ」

「なら、おでんがおれたちと来るってなればイゾウだって……」

「アホンダラァ。おれァおでんがモビーに乗ることは絶対に許さんぞ。絶対な」

 しゅんと肩を落としたマルコに白ひげは酒の入ったジョッキを勧める。マルコはそれを受け取ったが口をつけようとしなかった。

「マルコ、運命の番に出逢える確率は奇跡的だがな、万に一つ出逢えたとしてもこれが現実なんだ。そこから結ばれるかどうかはまた別の話」

 ため息を吐きながら白ひげが自分のジョッキを傾ける。それを見てマルコもぐいっと酒を煽った。

「アイツと話すのはお前の自由だが、会えば会うほど辛くなるだろう。おれァお前にそんな思いをしてほしくねェ、とだけ伝えておく」

「……」

 それきり黙った白ひげの隣で、マルコは揺れる炎を眺めていた。喉がヒリヒリと焼けつくようなのは酒だけのせいではないようだった。



惹かれ合う二人

 

「……」

 翌朝、九里城で目を覚ましたイゾウは深く絶望していた。

 伊達港に漂着した海賊たち。その中の一人と目が合った瞬間自分に起きた異変は、受け入れたくなくとも目を逸らせない事実であった。ワノ国では、海外諸国のようにバース性のメカニズムなど、基礎知識が普及していない。無論、抑制剤もない。その為、ヒートを起こしては人々を色欲に狂わせるオメガは『穢れ』と呼ばれ、烙印を押されて隔離された里に強制移住を強いられていた。

「アイツさえ現れなければ……穢れに堕ちることはなかったかもしれないのに」

 ギリっと歯を鳴らして拳を握りしめる。一夜にして一転してしまった己のこれからを思うと憂い、怒り、やるせなさなどありとあらゆる負の感情が湧き出てくる。

 ――運命の番? 何だ、それは。ふざけるな!

「イゾウ、起きているか? 入るぞ」

「! おでん様……!」

 自室を訪れたおでんに、イゾウは慌てて頭を下げる。

「昨日は誠に申し訳ございませんでした」

「いや、良いんだ。それより身体は何ともねェか?」

「はい……おかげさまで。ありがとうございます」

「そうか。なら良い」

「……穢れに堕ちた以上、ここには留まれませんので、本日より隔離の里へ移ります。これまで大変お世話に……」

「その必要はない」

 おでんはイゾウの前に小瓶を差し出した。

「『ヨクセイザイ』というらしい。白ひげから分けてもらった。お前を落ち着かせた薬だ。なあ、イゾウ、海外では穢れについての研究が遥かに進んでいる。この薬があれば、隔離される必要ねェんだ。お前の人生を奪われずに生きていける」

 イゾウは目を丸くして驚いた。穢れとは薬で治るものなのだろうか。海賊たちに騙されているだけなのではないかと疑うが、現にこの薬を飲むことで落ち着いている自分がいるのだ。恐る恐る小瓶を手に取ってみると、中に入っている白い錠剤がカラカラと音を立てた。

「そもそもお前はおれの侍だしな。里に移るなど許さんぞ」

「おでん様……」

「朝餉の後に一つ飲め。その後今日も伊達港へ行くぞ」

 それだけ言い残し、部屋から出て行くおでんをイゾウは畳に額をつけて見送った。

 

 モビー・ディック号の修復作業に追われながらも、マルコは仕事が終わったらこっそりイゾウに会いに行くつもりでいた。白ひげが自分を案じてくれているのは痛いほどわかっていたが、それでもイゾウのことで頭がいっぱいでどうしようもないのだ。

「おーい、お前ら差し入れだー!」

 そこへおでんが現れた。遅れて後ろから荷車を引いて来るイゾウの姿を見つけると、マルコは思わず駆け寄る。

「イ、イゾウ、あの昨日は本当にごめんよい。おれ、よく覚えてねェんだけどお前に酷いことしようとしたみたいで……」

「……」

「あっ、手伝うよい」

「いらん、離せ」

 一緒に荷車を引こうとするマルコとそれを拒むイゾウの肩が触れ合った。それだけで二人は火傷でもしたかのようにビクッと身体を硬直させ、カーッと顔を赤らめる。本能で目の前の相手に惹かれてしまうことに抗えない。

「顔、赤いよい」

「うるさい! お前だって真っ赤だ」

「お前じゃなくて、マルコだ。昨日は名乗ることもできなかった」

 イゾウは深くため息を吐くと、諦めて一緒に荷車を引き出した。荷台からは甘酸っぱい香りが漂ってくる。

「りんごか? ワノ国にもあるんだな」

「……海外にもあるのか」

「ああ。好きか? りんご」

「まあ」

「じゃあ一緒に食べよう」

「食べない」

 砂浜の手前で荷車を停めるとすぐに立ち去ろうとするイゾウの手をマルコがそっと握る。真剣な眼差しで真正面から見つめられると、まるで見えない力に絡め取られているように動けなかった。

「すまん、回りくどいことは辞めるよい……お前と話したい。少しで良いから一緒にいたい」

「……!」

「イゾウ、頼むよい」

「やめ、ろ……やめてくれ……!」

 見つめられると目が離せない。繋がれた手を振り解けない。マルコの声は甘い鎖となってイゾウの身体を縛る。

「何故拙者の前に現れた⁉︎ お前と出逢わなければ穢れに堕ちることなく、おでん様の家臣としてずっとお仕えすることができたかもしれぬというのに!」

「『穢れ』?」

 イゾウは語った。人々を惑わせる卑猥な者――オメガに覚醒した者は穢れと呼ばれていることを。穢れた者たちはそれとわかるよう腕に焼き印を押され、隔離された里で暮らす法があることを。そして、酔狂な金持ちの性玩具にされて身体が壊れるまで孕まされ、子を産むだけの道具として朽ちていくのが関の山であることを。

 マルコは話を聞きながら怒りに震えていた。夢に見るほど焦がれていた運命の番が、隔離だの性玩具だのと冗談ではない。そんなものになるために生まれてきたのではないのだとわかってもらわねばならない。そして、もしも仮にイゾウがそんな目に遭わなければならないと言うのであれば、何としてでも救わねばならない。

「今は白ひげがおでん様に渡した薬を服して落ち着いているが、またいつ昨日のような状態になるか……」

「ヒートは周期があるから、それさえ把握して抑制剤を飲んでりゃ大丈夫だ。オメガに生まれたからって自由や尊厳を奪われて良いわけねェ」

「『おめが』?」

「ああ、そうだ。この国で言う『穢れ』ってのは外の世界じゃオメガって言ってな。抑制剤や番を持つことで幸せに生活してるヤツなんか五万といる。それがフツーなんだよい。穢れてなんかねェ」

「……誠か?」

 お前の人生を奪われずに生きていける、というおでんの言葉をイゾウは反芻していた。目の前の少年の言葉はそれにピタリと重なる。

「ああ、本当だ。お前さえ良ければちゃんとバース性について教えるよい。それと、出来ればおれたちの……運命の番のことも知って欲しい」

 縋るような熱のこもった目でマルコに訴えかけられて、イゾウは半ば無意識に頷く。するとマルコは心底安堵した顔で微笑み、りんごを差し出した。少し躊躇ったものの、それを受け取り「ありがとう」と小さな声で礼を伝えるとマルコの微笑みが満面の笑みに変わり、イゾウは温かい気持ちになった。

 

 ◇◇◇

 

 それから船の修復作業の合間や休憩時間に浜辺でマルコとイゾウが並んで勉強する姿が見られるようになった。

 額を寄せ合って一緒に書物を覗き込んだり、難しい顔で言葉を交わしていたり、かと思えば肩を揺らして笑い合っていたり。白ひげはそんな二人を複雑な想いを抱えて見つめていた。

「あの二人、随分打ち解けたみたいじゃねェか」

「おでん、また来やがったか」

 カッカッカッ、と笑いながらおでんが隣に並び立つ。

「『運命の番』ってヤツなんだってな? 出逢えただけでも奇跡に等しいとか」

「長く旅を続けているが、おれも自分の運命の番には出逢えちゃいねェなァ」

「ほう、そうか。おれもお前たちのおかげで『あるふぁ』ってことはわかったが……出逢ってる感覚はねェからなあ。何だか羨ましいな」

 その言葉に白ひげは大きくため息を吐いた。――羨ましい、だと?

 あの二人が共に過ごせるのはせいぜいあと一週間だ。結ばれることはないと分かっていながら、それでもマルコはイゾウの手をとることを選んだのだ。そこへ当の本人であるマルコが「オヤジー!」と自分を呼びながらやって来た。

「どうした、マルコ」

「明日、イゾウが九里を案内してくれるって。行ってきてもいいか?」

「……ああ。楽しんでこい」

「ありがとよい!」

 パァッと顔を輝かせてマルコはいそいそとイゾウの元へ戻っていく。その背中を見送りながら白ひげはボソリと呟いた。

「別れが近づいてるっていうのに、何もしてやれん」

「今、逢い引きの許可をくれてやったじゃねぇか。しかし、アイツすげぇな。警戒心の塊のようなイゾウが案内役を買って出るなんておれァたまげたぜ」

「……おでん、万に一つ、あの小僧が海に出る可能性は無いか?」

「それは無いな! というか、まさかイゾウを連れて行くつもりか⁈ それならおれも連れて行け、白ひげー!」

 ガバリと飛びついてくるおでんを思いっきり投げ飛ばしてやると、それを目敏く見つけた家臣のイゾウが怒りの形相でこちらに走ってくる。

 まったく、上手くいかないものだ。

 

 翌日、マルコとイゾウは九里の城下町を周り、買い物や食事を楽しんだ。イゾウにとっては変わり映えのない日常の一端でも、マルコは目をキラキラさせて何でも珍しそうにして喜んでくれる。それが嬉しくて柄にもなくはしゃいで、ついあちこち連れ回してしまった。

 ――ああ、ずっとワノ国にいてくれたら良いのに。

 この一週間でイゾウの気持ちは大きく動いていた。粗暴で野蛮だと思っていた海賊。だが、マルコはとても親しみやすく、また博識で話が上手く、一緒にいて楽しかった。マルコが教えてくれた外の世界の話はとても興味深く、自分も見てみたいとさえ思った。ぐるぐると考え込んでいたところにマルコから「疲れたのか」と声をかけられてハッとして首を横に振る。そして、考えてもどうにもならないことなのに、と小さく自嘲した。

 二人は九里城天守閣の屋根に腰掛け、夕陽を眺めていた。マルコは運命の番について伝えるのであれば今が好機だと感じていた。

「イゾウ、あのさ、バース性のことでまだお前に話してないことがあって……」

「もしかして運命の番、か?」

「ああ、うん。覚えててくれたのか」

 マルコはイゾウに伝えた。遺伝子レベルでこれ以上なく相性が良い番を指し、出逢った瞬間に本能でそれと認識して、強く惹かれ合うこと。一生の間に出逢える確率は限りなくゼロに近いこと。それでも、自分たちは出逢えたこと。

「……あのな、おれ、自分がアルファだってわかってから、ずっとお前のことを探してたんだ。オヤジには『出逢えたからと言って結ばれるかは別の話だ』って言われたけど、それでも、お前と話してみたいっていう気持ちを抑えるなんて出来なくて。って言うか、抑えなくて良かったよい。だって今、一緒に過ごせてこんなに幸せだし」

 胸を焦がす想いが堰を切ったように溢れ出す。イゾウはマルコの言葉を聞き逃すまいと一言一言を噛み締めるように聞いていた。

「お前のこと好きで好きで仕方ねェんだ。きっかけは、運命の番だってわかったからってのはあるとは思うけど。でもさ、話してみたら、真っ直ぐで、謙虚で、礼を欠かさなくて、優しくて、綺麗で、笑うと可愛くて……おれに無いモンだらけでさ。ああ、好きだなって事あるごとに思うんだよい。無理だってわかってるけど、本当はこのまま掻っ攫って海に連れて行きてェ」

「マルコ……ありがとう」

 イゾウがおずおずとマルコの手に触れると、優しく握り返されて目頭が熱くなる。今度は自分の番《ばん》だと意を決して口を開く。

「拙者も、お前がこの国に留まってくれたら、と考えていた」

「えっ! 本当かよい?」

「ああ。それに、おでん様がこの国を出たいと仰る気持ちも少しわかるようになってきた。マルコが聞かせてくれた海外の話は興味深いし、バース性のことも……諸国と比較していかにワノ国が遅れているか身に染みた」

「じゃあ、おれたちと一緒に海に出よう」

「……残念だがそれは出来ない。出国は違法行為の上、拙者はおでん様にお仕えする身なのだ」

 そう返ってくるとはわかっていたが、マルコはグッと拳を握り、唇を噛み締めながら震える声で尚もイゾウに訴える。

「でもよ、抑制剤だって無限にあるわけじゃねェし、それ切らしたらお前がどうなるか考えると、おれ……」

「案ずるな。お前たちの船医から材料や作り方を聞き、既に調合を進めている。おでん様はそれを必ず成功させ、国中のオメガの手に渡るようにするおつもりだ。皮肉ではあるが……故にお前と共には行けない……すまない」

「……わかりたくねェけど、わかった。おれだってこの国に残れないしな」

 

 この広い世界で出逢えた奇跡。

 同じ気持ちを抱いた奇跡。

 それでも結ばれない現実。

 マルコとイゾウはそれを受け入れた。

「一緒に海へ出ようと誘ってくれて嬉しかった」

「おれも、お前がおれに残って欲しいと思ってる、ってこと伝えてくれてすっげェ嬉しいよい」

 あと少しだけ。モビー・ディック号の修復が完了するまでの猶予を大切に過ごそうと決めた。

 

 月が上る頃、モビーへ戻るマルコをイゾウが九里城前で見送る。

「ありがとな。今日一日すげェ楽しかった」

「拙者も楽しかった。ありがとう」

「……」

「……」

 互いが想い合っている心を打ち明けたせいか離れがたい。

「やはり、伊達港まで送ろうか」

「そしたら今度は城までおれが送るってなって、延々と港と城を往復しそうじゃないか?」

「フッ、確かに」

「いや、そうしたい気持ちは山々だけどな……」

 マルコはイゾウの手を取り、スリスリと指先を撫でながら参ったなあ、と呟く。暗がりにも互いに頬を赤く染めているのがわかった。ふと、マルコが城を見上げて問いかける。

「お前の部屋ってどこ?」

「あそこだ」

 イゾウが指さした一室を見上げるとマルコはニッと笑う。

「じゃあ、あの部屋に灯りが入るまで見届けて帰るよい」

「ああ、わかった」

「明日も会えるか?」

「追加の木材を届けに行く予定だ」

「助かるよい、いつもありがとな。じゃあ、港で待ってるから」

 イゾウは頷くと何度かマルコを振り返りながら城の中へと戻り、階段を一気に駆け上がって自室へ飛び込む。行燈に火を入れ、すぐさま格子窓に駆け寄ると驚いて息を飲んだ。

「……!」

 そこに黄金の光を纏った碧い炎が燃え上がっていたのだ。炎の塊は凄いスピードで天高く昇り、月を背にしてぐるりと宙返りしてまたイゾウの元へ戻ってきた。はためく翼、漆黒の空に優美に靡く金色の尾。鋭い鉤爪と嘴を持ったその幻のような鳥の瞳はしかし、至極優しい光を携えていて――。

「マルコ?」

 格子の間から手を伸ばして恐る恐る尋ねると、碧い鳥はイゾウの指に頬を擦り寄せてきた。

「ご名答」

 今日一日、耳に心地良く馴染んだマルコの声。姿を変えようとも、紛うことなき想い人のものだとわかる。

「驚いた! 不死鳥か?」

「ああ。悪魔の実って言ってな、食べた者に特異な能力を与えるがそれと引き換えに海には嫌われちまう……そんな果実があるんだ。おれが食べたのは動物系幻獣種モデル『不死鳥』と呼ばれる実だった。おかげで一生泳げないけど、空を飛べるようになったし、再生の能力も得た」

「そうなのか……綺麗な炎だな」

 碧い炎に触れていると、初めて出逢った日にこの翼に包み抱かれた記憶が甦ってくる。不死鳥の再生の炎だと思うと、あの時感じた何とも言えない心地良さも納得できた。

「怖くねェか? 気味悪かったりとか」

「まさか。こんなに美しいのに」

「そうか……へへ、思い切って見せて良かったよい」

「ありがとう。おやすみ、マルコ」

「ん、おやすみ」

 そっと額と額を合わせて微笑むと、バサッと後ろに羽ばたき、名残り惜しげにマルコは夜空へ舞い上がる。九里城の上空を何度か旋回してから海を目指して滑空して行くその姿を、イゾウはいつまでも見送っていた。


(中略)

※以下、R18シーン抜粋サンプル↓↓※


 ギラっと目を光らせたマルコが再びイゾウに口づけ、小さな口内に肉厚な舌を捩じ込む。熱く溶けそうな舌を捕まえて愛撫してやるとクチュクチュと水音が響き、より一層二人の欲を煽った。どんな果実よりもどんな菓子よりも甘い……味覚というより細胞が「甘い」と判定している。たっぷりとその甘さを堪能してからマルコがぬるりと舌を抜くと、もっと、と強請るようにイゾウはマルコの首に腕を回して内腿を腰に擦り寄せてきた。白い首筋に吸い寄せられるように顔を埋めるとフェロモンを濃く感じて夢中で舌を這わせる。やはり甘い。イゾウはどこもかしこも「甘い」。ぷつりぷつりとシャツのボタンを丁寧に外して肌けると、マルコは体重をかけないように気をつけながら鎖骨にキスを落とした。

「んんっ」

「気持ち良いか?」

「ん……」

 サラシの端を捲ると露わになった胸の突起にマルコはうっとりと顔を寄せた。息がかかるとくすぐったいのかイゾウの身体がピクピクっと痙攣する。目を合わせたまま、ちゅくっと吸いつくとイゾウがああっと喘ぎ、慌てて自分の口を抑えた。

「ここ、初めっからそんな感じるのか?」

「い、今自分でも驚いた……」

「はは、そっか。じゃちょっと声我慢しててくれよい」

 言うが早いかジュッと音を立て、再びマルコが薄く色づく乳首に吸いつき、先端を舌で転がす。

「ぁあっ……は、ン」

 イゾウが必死に声を抑えようとする姿はたまらなくマルコの嗜虐欲を煽る。ほら、声我慢できねェならやめちまうぞ、と指先でくりくりと弄ぶと、イゾウは切なげに喉の奥で音を噛み殺す。マルコは恍惚とした笑みを浮かべ、吸ったり舐めたりを繰り返しながら既に兆している自身をイゾウのそれにぐいっと押しつけた。

「ンンっ!」

「はあ……っ」

 あまりの快感に二人の口から声が漏れ出た。

「これは……ヤベェな。気持ち良すぎるよい」

 マルコは半身を起こして、ツンと尖ったイゾウの乳首をカリカリと人差し指で引っ掻きながら腰を揺すり、布越しに互いの陰茎を擦り合わせる。

「ん、ん、ん、ぁっ、あ」

 マルコの腰の動きに合わせてイゾウがか細く啼く。快感に眉根を寄せて瞳を潤ませる姿は美しく、そして、いやらしい。あまり強くすると怪我に響くだろうと加減しながら腰を振っていると、マルコの太腿に湿った感触が伝わってくる。

「濡れてる。可愛い」

 指摘されてカーッとイゾウの顔が赤く染まった。もっと気持ち良くしてやりたいが、イヌネコが戻ってくるかもしれないし、いつ誰が来るとも限らない。やおら腰の動きを止めて下着を脱がせ、露わになった双丘の谷間に指を滑り込ませるとそこはすでにたっぷりと潤っていてマルコを喜ばせた。

「なあ、イゾウ、体勢変えるの辛いか?」

 イゾウは羞恥のあまり顔を隠していた指の間からチラリとマルコを見ると意図を察して身を捩る。そっとうつ伏せになると、後ろから腰を掴んで引き寄せられて尻をマルコの顔の前に突き出すようなポーズにされてしまった。すかさず体の下に枕が入ってくる。

「怪我してるとこ、どこも痛くねェか?」

「い、痛くないがこの格好は……!」

「んー、絶景だよい。お前のここ、ピンクに色づいて涎垂らしながら、おれに挿れてほしいってヒクヒクしてる」

 実況されてイゾウが思わず身を起こそうとすると、両の尻を鷲掴まれてぐいっと左右に広げられ、直後、ぬるりとした感触が後孔を這った。思わずひゃっ、と小さく声を上げると、ここぞとばかりに熱く滑った舌がそこを舐り出す。吸いつかれたり、舌先を挿れられたり。ぬちゅぬちゅ、くぷくぷ、と、これ以上ない程の卑猥な音と強烈な快感がイゾウを襲った。

「は、……はっ、嫌だ、マルコ……や、だ。そんなことせずとも、もう挿入るだろう……ひと思いに挿れてくれ」

「駄目だよい、ちゃんと解してシねェと」

 そう言うとマルコはつぷりと人差し指の先を埋めた。イゾウは一瞬ビクッとしたが、大人しく身を委ねているところをみると痛みはないようだ。指の抜き差しを繰り返しながら、くいくいと先端を曲げてナカを混ぜるように刺激していると「良いところ」はすぐに見つかった。

「うあっ⁈」

 思わず声を上げてイゾウが腰を引いたので指が抜けてしまう。未知の感覚から逃げようとするのを宥め、マルコは指を二本に増やして挿入し直すと先ほど見つけた前立腺をトントンと優しく叩くように刺激する。

「マルコ……! 駄目だ、そこ、駄目だ……!」

「ん、駄目じゃなくて、気持ち良いだろい」

 トロトロと溢れてくる愛液がイゾウの太腿を伝い、マルコは更に指を増やしてじゅぷじゅぷ音を立てて撹拌する。同時に反対の手で硬く張り詰め揺れている陰茎を扱いてやると、イゾウは呆気なくマルコの手の中で達した。白い背中が赤く染まり、汗ばんでいる。荒い呼吸に合わせて上下する肩甲骨に唇を落とし、濡羽色の髪を掻き分けて頸を露わにするとそこにべろりと舌を這わせた。

「噛んで、くれ……」

 シーツに顔を埋めたままイゾウが譫言のように呟く。

「今、噛んでも番にはなれねェけど……」

「わかっているが……」

 それでも心元なさそうに囁くイゾウの願いを叶えてやりたくてマルコが柔く歯を立てると、イゾウは、はあっと幸せそうなため息を漏らした。マルコも触れた歯の先から伝わってくる得体の知れない幸福感に酔いしれる。

「ああ、やべェ。お前、可愛いすぎる」


(後略)