公開投稿

2025.01.29 21:56

マルイゾ短編「Souvenir」

 付き合い始めて三か月。唇を重ねるだけのキスを交わすこと十数回。その日も掃除用具入れとして使っている小さな物置部屋に誘い込んでマルコは赤く彩られたイゾウの唇を奪った。その行為に最近ようやく慣れてきたイゾウの手が意図を持って自分の手の甲に触れたことに気づき、マルコは指を絡ませた。    


 初めてのキスは、勢い余って額をぶつけてしまい、二人して情けなく笑いながら辿々しく顔を寄せて何とか唇と唇をくっつけることに成功した。不格好極まりないが、十分幸福に舞い上がった。  

 以来、マルコは慎重に事を進めてきた。というのも、イゾウがそういう雰囲気になるだけでガチガチに身体を強張らせて緊張していたからだ。もしかしてキスが嫌なのか、と問うたこともある。


「そう思わせてしまってすまない……嫌なんかじゃない。寧ろすごく嬉しい。ただ、どうしたら良いのかわからないだけなんだ。舞踊も剣術も型があるからわかりやすいが『きす』には無いだろう……?」


 そんな愛らしい答えが返ってきた時には思わず天を仰いだ。  


「お前がしたいと思った通りにしてくれたら良いよい。おれはそれが一番嬉しい」

「うむ……そうか、考えておこう」    


 その後何度目かの口づけの際、イゾウはマルコの手を握った。驚いたマルコが思わず顔を離すと、耳まで真っ赤になったイゾウが、こういうのは駄目か?と小さく尋ねるものだから、あまりの愛しさに堪えきれずに思い切り目の前の身体をかき抱いた。  


「好きです。めちゃくちゃたまらんです」

「何故敬語なんだ?」

「あまりに尊くてよい」

 

 もっと触れ合いたいと思っていたのは自分だけでなくイゾウも同じだったことが嬉しかったのだ。


 そんなこともあり、近頃はもう少し先に進みたいという欲も出てきている。一層強く指を絡めて、じりじりと物置部屋の壁にイゾウを追い詰め、自分の身体を押しつけた。それだけでも随分大胆なことをしてしまった自覚はあったので、今日はここまで、と解放してやろうとしたその時。  


「……ん、っ」    

 

 イゾウが微かに漏らした甘い声に、瞬時に全身の血液が沸いた。これまで聴いたことのないその艶やかな声は少年マルコの理性を一瞬で奪い、抗えないほどの劣情を掻き立てた。  

 ほとんど反射的にぬるりと熱い舌をイゾウの小さな口内に差し込む。


「っ⁈ ンだああっ!!!」    

 

 しかしそれまでの甘い雰囲気が嘘のように、イゾウは激しく動揺してマルコを思い切り殴り飛ばした。  


「あっ、す、すまない! マルコ? マルコ、しっかりしろ!」    


 渾身の一撃を浴びてマルコはすっかり伸びてしまっていた。その後、物音と叫び声を聞いて駆けつけた兄弟分たちに全てを白状しなくてはいけなくなり、イゾウは一人でひたすら拷問のような時間を耐え忍んだのである。    


◇◇◇  


「あの頃のお前はウブで可愛かったよい」    


 部屋の灯りを消し、枕元に眼鏡を置いてからマルコがベッドに腰を下ろすと、シーツにくるまって横になっていたイゾウが眉間に皺を寄せた。  


「今は可愛くないってか?」

「いいや、可愛いよい。ウブではないけどな」    


 笑いながらイゾウの右目の上の傷を撫でて、マルコはそこにキスを落とした。

 

「お前がそうさせたんだろ」

「ああ、長かったな……舌入れて殴られたあの日からじっくりコツコツ時間をかけて……今じゃこんなにエロく美しくなってくれて感無量だな」    


 自分を組み敷いて甘く囁いたマルコの腕を取り、ぐるりと反転するとイゾウは妖しく微笑んで宣言した。  


「期待に応えて今夜は天国見せてやるよ」



Souvenir



 濡羽色の髪が滝のように落ちて頬にかかったのを合図にマルコが目を閉じると、イゾウはわざとリップ音を立てて口づけ、ゆっくり舌を差し込んだ。




モデル曲:https://youtu.be/C9vAUfSEh8Q?si=Ica7jrRCozZQJKlb