公開投稿
2025.08.14 20:43
現パロなマルイゾ(にょた)を見守る白ひげ一家の話
拙作「恋するオトメ」の世界線で番外編です
◇◇◇
午後から立て続けに商談をこなし、一息つけた時には日が傾き始めていた。応接室から自室へと戻ったニューゲートは、ソファに巨体を沈めて目を閉じる。と、ドアがノックされ、ガチャリと戸が開く音がした。こちらの返事を待たずにこの社長室へ入ってくるのは二人の娘たちしかいない。
「オヤジ〜、いる?」
ハイヒールの音がコツコツと近づいてくるのを聞きながらニューゲートはやっぱりな、と目を開けた。
「おう、ベイか。どうした?」
「今日はイゾウの現場が早く終わったから、一緒にご飯でもどうかと思って」
「そうか。イゾウは? 車か?」
「ここに来たのはあたしだけよ。イゾウはマルコに送り届けたわ」
はい、とベイにコーヒーを渡され、礼を言って口をつける。
晴れて第一志望の大学へ合格したマルコからイゾウと一緒に暮らしたい、と頭を下げられたのは二週間ほど前のことだった。そう言われるのは想定内だったこともあり、二つ返事で許可してやったが一つだけ約束させた。
『……マルコ、避妊だけはしっかりしろ』
『もちろん、そこはちゃんとしてるから安心してくれよい』
いつの間にか精悍な男の顔つきをしている息子の『ちゃんとしてる宣言』に何となく複雑な気持ちになった。もう二人はそういう仲なのか、と。マルコも大切な息子だが、イゾウもまた大切な娘なのだ。どこぞの馬の骨ともわからん野郎に娘を掻っ攫われるよりは遥かに喜ばしいが、それでもやはり一端の男親同様、複雑だった。
「オヤジったら、何て顔してんのよ。あたしだけじゃ不満?」
ベイに笑われてハッとする。
「アホンダラァ。お前を独り占めできて不満な訳ねェだろう。それで、何が食いたいんだ? 何でも良いぞ」
「やった! じゃサッチのとこ!」
ベイに腕を差し出してエスコートしてやりながら、ニューゲートは秘書に店の予約と車を回すように指示して部屋を出た。
***
海に面した一等地に建つサッチが働くレストランはニューゲートが出資者のため、電話一本で最上階のVIPルームを用意してくれる。ルーム内には専用キッチンがあり、いつもそこでサッチが腕を奮ってくれるのだ。
「今日、イゾウは?」
「マルコと一緒」
「あ〜。同棲したてのホヤホヤだもんな。新年度までは存分に味わうつもりだろうな」
ジュワッと音を立てて出来上がった帆立とパプリカの鉄板焼きがサーブされると、ベイは手を合わせ、いそいそとナイフを入れて口へと運ぶ。
「うっまーい!」
その蕩けそうな笑顔が全て物語っていて、ニューゲートとサッチは嬉しそうに微笑んだ。伊勢海老、鮑、そして最高級の黒毛和牛ステーキへとコースは進む。ニューゲートはワインを傾けながら、サッチにも一瞬に食べるように勧めた。そこで、もぐもぐと良い食べっぷりを見せていたベイが手を止めて提案する。
「あ、イゾウとマルコにも食べさせてやりたいからお土産用にも焼いて。良いでしょ、オヤジ?」
「あァ」
「おう、任せろ。……しかし、あの二人がこうも見事にくっつくとはなあ。おれはマルコの一方通行で終わると踏んでたんだが」
「マルコはわかりやすかったものね。中学上がってから急にモジモジしちゃって。珍しくイゾウに話しかけたと思ったらぶっきらぼうで」
「あ〜、そうだったな。『アイツ何でおれにだけあんな態度悪いんだ!』ってイゾウよく怒ってたよな。そりゃお前に惚れてるからだよ、なんて言えねェから毎回宥めるのも大変だったぜ」
「ほう……そうなのか」
ニューゲートのイメージするマルコとイゾウはそれより遥かに幼くて、いつも手を繋いでいた。さながら二人で寄り添って温もりを分け合う雛鳥のようだった。それだけに今サッチやベイが話す思春期の二人の姿は新鮮だった。
「オヤジは留守にすることも多かったからね。でも、あたしたち兄弟は皆気づいてた。マルコはイゾウが好きなんだなって」
「おれもベイもアイツらが中学の間に施設から卒業したからその後は詳しく知らねェが、高校入ってからは何となくイゾウもマルコに気がある感じだったらしいな」
「でしょうね。あたしと電話する度マルコの話ばっかしてたもの。イゾウがちょっとでもその気を見せちゃったらマルコの理性がブッツンするんじゃないかって心配だったけど、あの子よく我慢したわよね」
「それな! 最近弟たちと呑んだ時『マルコの自制心はとにかくヤベェ』って話で盛り上がってよ。普通、好きなコが同じ家に住んでたらガバッといっちまうよな、って」
「アンタとマルコを一緒にしないでよ」
「一般論よ、ベイちゃあん」
「ヤメロ、キモい」
ものすごく嫌そうな顔でベイがワインを煽る。この一連のやり取りにニューゲートは癒しを感じていた。いくつになっても子供は子供というが、その通りだと思う。成人しようが独り立ちしようが、子供たちが可愛くて仕方なくて、生きがいなのだ。
「あ、オヤジ笑ってる!」
「グラララララ……お前らの仲の良さが嬉しくてなァ」
「えー?」
「お前ら皆があの二人に干渉せず見守ってやってたから上手くくっついたのかもなァ。全くよく出来た子供たちじゃねェか」
「ふふっ……ありがと、オヤジ」
「急に褒められっと照れるぜ」
三人で改めて乾杯して笑い合う。大切な家族が幸せなのは何より嬉しい。
「でもオニイチャン、若干心配だわー。晴れて我慢しなくて良くなったマルコがぁ、有り余る性欲のままにイゾウをメチャクチャにしちゃいそうでぇ」
「その喋り方やめなさいよ。……まあ、あたしもイゾウの仕事に支障が出るようなら苦言を呈すつもりだけど、今のとこ大丈夫そうよ。何なら最近ますます綺麗になった上に雰囲気が柔らかくなった、なんて周りから褒められるくらいよ」
「ふう〜ん。やるじゃん、マルコ」
「イゾウにはあたししか惚気る相手がいないからいつも話聞いてるけど、マルコはなかなかのスパダリよ」
あと二口ほどでニューゲートのグラスが空になりそうなタイミングでサッチがもう一本開けるか訊くと、横からベイがゴーを出す。父譲りの酒豪で滅法強く、ワイン一本をシェアしたくらいでは素面と言っても過言ではないのだ。新しく開けられたボトルからトクトクと注がれるワインを眺めながらニューゲートは徐に呟いた。
「イゾウもマルコも今年誕生日を迎えたら一緒に呑めるな」
「そうね。皆で集まってお祝いしましょ」
「あァ。ベイ、イゾウのスケジュール今から空けとけ。サッチ、酒のチョイスと料理は頼んだぞ」
「おう!」
カチャカチャと合わさるカトラリーの音、シンクを伝う水の音に、食材の焼ける音と、新たなワインボトルの栓が開けられる音。海辺のレストランの最上階からはそんな音に混じり、集った家族の笑い声が響いて夜が更けていく。