公開投稿
2025.10.13 00:00
十六番隊隊長誕生
「イゾウ、オヤジが呼んでる。話があるからおれと一緒に船長室に来いって」
遠征からモビーに戻り宴に参加し、風呂から上がったところでマルコに声をかけられてイゾウは首を傾げた。
「珍しいな、オヤジがこんな時間にまだ起きてるなんて。話って何だ?」
「いや、おれも何のことだかさっぱり」
船長室へ向かうと、戸は開いていて、二人に気づいた部屋の主人は「入れ」と顎をしゃくった。
「どうしたんだよい、オヤジ。こんな時間におれたちを呼びつけるなんて」
訝しがる息子たちにそれぞれ盃を手渡すと、ニューゲートは用意していた自前の酒の栓を抜いた。
「お前たち、いくつになった?」
「次の誕生日を迎えたらおれもマルコも三十五だ」
トクトクと注がれる酒を見つめながらイゾウが答えると「そうか」と、笑ったニューゲートはしかし次の瞬間にはキリリと表情を引き締めて言い放った。
「結論から言う。イゾウ、お前、十六番隊の隊長やれ」
「は?」
「いや、オヤジ、イゾウはこれまでもずっと隊長の話断ってきたって知ってるだろい? それに十六番隊って、」
「あァ。新しく作る、白ひげ海賊団最後の部隊だ」
「え……」
「おれも歳をとった。十六番隊を最後にする。これは決定事項だ」
暫し無言で互いに目を逸らさない二人の隣でマルコはゴクリと唾を飲み込んだ。おでんという主君を亡くした後もずっとモビーに留まり、兄弟として生きてきたイゾウは、決して役職には就かずいつも自分の傍らで支えてくれた。謂わば一番隊の副隊長のようなものだ。そのイゾウがいなくなるのは痛手ではあるが、しかし全体のバランスを考えると——。
「『シンガリ』か……」
ポツリと呟くと、イゾウの大きな瞳がマルコを真っ直ぐ捉えた。
「何?」
「『殿』だよい。負傷して前線から引いてくる仲間たちを追撃させないように最後尾から援護する難しくて危険な役、って、ガキの頃お前が教えてくれただろ」
この一言でマルコを味方につけられたと確信したニューゲートも口を開く。
「その通りだ。ただし、うちの殿は決して危険に晒されるこたァねェ。何故なら殿の後ろにはおれがいるからな」
「!」
この男のこういうところが、どことなくおでんと似ている、とイゾウはかつての主君に想いを馳せる。「白吉っちゃんをよろしく頼む」と自分に言い遺して逝ってしまった。その最後の望みは今ここで隊長を引き受ければ叶えられるのだろうか。
「……想像してみろ。不死鳥の黄金に輝く炎が先陣を切り、灯火となって明るく導く。最後方からは絶対に的を外さない狙撃手の銃が唸りをあげる。それがどれほど家族の士気を高め、鼓舞するか」
「だが、場合によっては空からの視点が必要不可欠だ。マルコが一時的に戦線離脱してオヤジと作戦を練り直すことだってあるじゃないか」
「おれが求めてるのは殿という役割じゃねェ。隊長だ。マルコが離脱する時は当然お前がその分指揮をとるんだ、イゾウ。お前とマルコなら言葉を交わさずとも、戦線のコントロールくらいは容易いだろう。何せハナッタレの頃からじきに四半世紀の付き合いになるんだからなァ」
ぐぬぬ、と眉間に皺を寄せたイゾウだが、口元は微かに緩んでいる。あともう一押しで折れてくれるだろう——子供の頃から見て来たニューゲートには手に取るようにわかった。
「まァ、何だ……とりあえず、飲むか」
船長の一言で盃を軽く掲げ合い、三人で酒を煽るとあまりの美味さにマルコとイゾウは顔を見合わせた。
「何だよい、これ⁈ うんまっ! 絶対ェ高いイイ酒だろ!」
「まろやかな甘みを感じたあとにスッキリした香りが広がるな。オヤジ、この酒何ていうんだ?」
そう訊かれるのを待っていたと言わんばかりにニューゲートは髭の奥でニヤリと笑う。
「『イゾウ』だ」
酒飲みの間で「幻」とまで呼ばれる逸品の名を告げられて、イゾウはポカンと口を開け、マルコは額を覆って天を仰いだ。
「はっはっは! イゾウ、こりゃオヤジに完全にやられたな!」
「隊長任命のためにここまでやるかよ……全く」
タン、と盃を置くとイゾウは居住まいを正して真っ直ぐニューゲートを見上げた。偉大な船長であり、親代わりである世界最強の男は何も言わず余裕の笑みを携えてこちらを見下ろしている。
「十六番隊隊長、謹んでお受けいたす」
きっちり頭を下げ、顔を上げるとようやく相好を崩した新隊長は、照れくさそうに酒のおかわりを求めた。