公開投稿

2024.11.13 23:15

マルイゾ短編「Finale」

「む……」


 カーテンの隙間から差し込む朝の陽射しが眩しくて、マルコは枕に顔を埋めた。

 と、足元でカタン、と音がしてハッと目を開けて半身を起こす。


「イゾウ……?」

「起こしたか、悪い。おはよう」

「おはよい」


 モビーを降りて、すっかり住み慣れたスフィンクスの自宅。壮絶なワノ国奪還戦を終え、昨夜久しぶりに帰ってきた。

 そう、イゾウと共に。

 長い間イゾウをワノ国に帰してやれなかったことに、マルコは少しばかり後ろめたさを感じていた。

 それ故に、激戦の後に弟の菊之丞をイゾウから紹介された時、マルコの口から最初に飛び出てきたのは詫びの言葉だった。


「……なるほど。あなたは兄の大切な方なのですね?」

「へ?」


 お菊はマルコの謝罪を受けて興味深そうに兄とマルコとを見比べている。イゾウがコホン、と一つ咳払いしてから答えた。


「……まあ、そうだ」

「素敵ですね、お兄様! この国からお兄様を連れ去って、心まで奪ってしまわれるなんて」

「め、面目ないよい」


 マルコがしきりに恐縮しているので、お菊は慌ててブンブンと首を振る。


「あ! 違います、マルコさんを責めている訳ではないのです! その、記憶の中のお兄様は、いつも拙者の世話と鍛錬に追われていて……ロマンチックな恋愛など、程遠いイメージでしたので」

「なっ、おい菊、からかうな」


 お菊に微笑みかけられて、イゾウが照れ笑いを浮かべた。あ、笑うと似てるな、とマルコは思わず見惚れてしまう。こうして並んでいるととんでもない美人兄弟だ。


「マルコさん、正直に申し上げますね。この30年あなたがイゾウお兄様と過ごした時間を羨ましく思います。ちょっぴりヤキモチも焼いてしまいます。ですが……」

「?」


 お菊はそこで言葉を詰まらせて下を向いた。が、すぐにパッと顔を上げて花が咲くように笑った。その目には光るものがあった。


「ですが、兄が幸せそうで心の底から良かったと思います……! 本当にありがとうございます」

「菊……」

「……こちらこそありがとよい……その、これからは、ここで兄弟また一緒に暮らしt

「ええっ?! 何を仰いますか!」

「へっ?」

「まさか兄を捨てるおつもりですか?」

「?!」


 先程と一転、お菊に詰め寄られてマルコはたじたじ、イゾウは呆気にとられている。


「菊? どうしたんだ?」

「どうしたんだ、ではありませぬ、お兄様。まさかこの先ワノ国で暮らすおつもりですか?」

「……そのつもりだったが」


 イゾウが隣をチラリと見やると、マルコは何とも言えない複雑な表情をしていた。お菊は額に手を当て盛大にため息を吐く。


「お兄様」

「ん?」

「ワノ国にはこの通り平和が戻り、おでん様の名誉も取り戻し、光月家も復興しました。それに拙者も良い大人です。お兄様が気を揉まれることは何一つありません」

「い、いやしかし……」


 イゾウを制して、お菊は次にマルコに向き直った。


「マルコさん」

「よい」

「あなたの兄への想いはその程度ですか?」

「ンなわけねェだろうよい! おれだって本当はこいつを連れて行きてェに決まってらァ。生涯共にありてェと思うのはこいつだけだ」


 勢いよく飛び出してきたマルコの本音にお菊はにっこり微笑んだ。


「ならば、兄を連れ帰って一生幸せにしてください」

「お前はそれで良いのかよい?」

「はい、勿論。兄が愛し合う人と共に生きられるのならば。それに、これからはワノ国にも遊びに来てくれますよね?」

「おう。……お前もいいよな、イゾウ? おれと一緒に来てくれるよな?」

「……ああ」


 イゾウは瞳を潤ませながらマルコに向かって大きく頷き、破顔した。そんな二人を見て、お菊も泣きながら笑っている。


「ふふ。ではイゾウお兄様をよろしくお願いしますね、マルコお義兄様」

「!!」



Finale

 


 その後、お菊が日和と協力して大急ぎで用意してくれた白無垢と羽織袴で祝言を挙げ、赤髪海賊団のレッド・フォース号を捕まえて、二人でスフィンクスに帰ってきた。

 それが昨晩の出来事だ。


「朝飯作ってやるから待ってろ」


 ベッドの上でぼんやりしているマルコに声をかけながら、イゾウが着替えている。


「その着物、懐かしいな」

「覚えているのか?」

「当たり前だよい。おれたちが初めて出逢った時にお前が着てた着物だ」

「光月家復興を祝して、仕立て直してもらったんだ。今日から新生活の始まりだから早速着てみたんだが、やはり気が引き締まるな」


 藤色の帯を締めて振り返ったイゾウは今も昔も美しい。年々その美しさに磨きがかかっていると思うのは、決して欲目や贔屓目ではなく事実だろうとマルコは思う。

 キッチンへ立とうとするのを手招きして呼ぶと、イゾウは素直にやって来てベッドの端に腰を下ろした。マルコはその隣に移動すると、まだ紅の乗っていないイゾウの唇に自分のそれを優しく重ね合わせた。


「それじゃあ、今日から改めてよろしくな」