公開投稿
2024.11.24 00:11
マルイゾワンライ(# 15歳、# 初恋、# 少女マンガ)
「あ、マルコ」
風呂上がり、下だけ履いてまだ濡れている髪をタオルでガシガシ拭きながら自室へ向かっていると、ベイに呼び止められてマルコは振り返った。
「おう、どうしたよい」
「今日は荷物の積み入れ、多かったでしょ。これ、ご褒美よ」
「わわっ」
ポイっと投げられた瓶を慌ててキャッチする。
「ん? 酒かと思ったらただのソーダか」
「文句言わないのー見習いにはそれで十分でしょ。イゾウと分けて有り難く飲みなさい」
「おー、ありがとよーい」
少し迷ったが、マルコは一旦自室へ戻り、ブランケットを掴んで書庫へと向かった。
入浴後、就寝までの自由時間、イゾウは勉強して過ごすのが日課になっている。恐らく今、そのための本を見繕っているだろう。曲がった通路の先、目当ての部屋のドアから灯りが漏れているのを見つけてマルコは微笑む。そっと扉を押して中に入ると、奥の方から紙を捲る音が聞こえた。
「……」
昼間は航海士たちをはじめとして何かと出入りが激しいこの部屋も、夜はしんと静まり返る。その静けさが好きで、マルコも夜の書庫で書物を読み耽ってはそのまま朝まで寝てしまうこともしばしばだった。
本棚の間を縫うように進んでいくと、その隙間から本を立ち読みするイゾウの姿が見えた。まだモビーに乗って間もなく、替えの着替えが無いため、マルコが貸した白いシャツを着ている。化粧が落とされ、髪を降ろしているせいかいつもより幼く感じた。伏せられた大きな目を縁取る長いまつ毛が陶器のように滑らかな肌に影を落としている。本の隙間からこっそりとその姿を盗み見ていたマルコは、緩く開けられた襟元から白い鎖骨が覗いていることに気づいて思わずドキッとしてしまった。
「ん? 誰だ?」
視線に気づいたのか顔を上げたイゾウと本棚越しに目が合って、マルコは慌てて持っていたソーダの瓶を掲げた。
「お、おう。ベイから今日の荷積み頑張ったからって、これ、貰ったよい」
「そうか」
イゾウは読んでいた本をパタンと閉じて、マルコの方へやってくると瓶を受け取って栓を開けた。流れるような動きでそのままマルコが見ている目の前でゴクゴクと喉を鳴らしてソーダを一気に飲み、盛大に咽せた。
「何だ、こ、これ? シュワシュワして喉がチリチリする。まさかお前、毒でも盛ったか?!」
「は?! ち、違ェよい! これはソーダって言って、こういう泡が出る飲み物だ!」
ゲホゴホと咳き込み、涙目でマルコを睨みながらイゾウは瓶のラベルを見て、読めないことに気がつき、またマルコの顔に視線を戻す。
「誓って安全な飲み物だよい! その、ワ、ワノ国にソーダが無いなんて知らなくて……」
「いや、大丈夫だ。よく味わってみたらなかなか美味だ。初めてのことで取り乱してすまなかった」
イゾウは恐る恐るもう一度瓶に口をつけて一口飲み、うん、割と好みだ、と呟いた。マルコはほっとして笑うとイゾウが持っていた本を指さして尋ねる。
「今夜はそれで勉強か?」
「ああ、これなら拙者でもある程度は理解できそうだ。だが、やはりわからないところがあってな。すまないが少し教えてくれないか」
そう言ってその場で腰をおろしてしまうイゾウに付き合って、マルコも並んで座る。ワノ国には椅子文化が無いので、イゾウは割とところ構わずどこでも座る。
「ここなんだが、この文字は読めるが意味が……ああ、すまない。この飲み物、お前への褒美でもあったな。一人で飲んでしまっていた」
イゾウが持っていたソーダの瓶をマルコに渡す。一瞬マルコは戸惑ったが、渡された瓶を受け取って口をつけた。
(間接キスだよい、これ)
こんなことでいちいち動揺して馬鹿みたいだと思うが、隣のこいつが風呂上がりの石鹸の香りをさせているのが悪い。静まり返った夜の書庫の雰囲気が悪い。やたら距離が近いのが悪い。
色々な言い訳を考えながら、マルコはごほん、と一つ咳払いをしてイゾウの本を覗き込む。
「ん? どれがわからないって?」
「だから、この部分だ。この単語は読み方は同じでも、この前教えてもらった意味とは違うだろう?」
「ああー、これは……」
努めて平静を装いながら、マルコは自分とイゾウの肩に持ってきたブランケットをかけて寄り添った。