公開投稿
2024.12.09 16:51
【落書き】fuzzyな痛み(カプ要素無し・葦くん中3時の妄想)
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カプ要素無し小話(葦くん中学3年生時・梟谷入学確定後? の妄想)
『fuzzyな痛み』
「ご飯、まだある?」
茶碗に残った最後の一粒まで全部食べても、まだちょっと足りない気がする。おかずはもう全部食べ終わったけどあとはふりかけでもかければいいや。キッチンで片付け物をしている母親に問いかけたら『あと一杯分ぐらい!』という返事があったから、茶碗を持って炊飯器の方へ移動する。
「最近また食べる量が増えたんじゃない? でももう部活はそこまでキツくないんでしょ」
「うん、もう三年は自由参加だし。でもなんかすごく……食べても食べてもお腹が空くんだよね。背もまた伸びたし」
炊飯器からご飯を茶碗に盛って、母親からはふりかけの袋を受け取って、ご飯の上にぱらぱらとふりかける。たまごと海苔の綺麗なコントラストを見たらお腹がキュッとなって、まだ入るぞって主張してるみたいだ。
「制服のズボンの裾、直したほうが良い?」
「もうちょっと大丈夫そうだけど、卒業までにはあと一回ぐらいはお願いしたいかも」
「ほんと……今年だけでもけっこう伸びたわよねぇ」
「春から10センチ近く伸びたかも。でもまだ伸びてる」
ダイニングに戻ってモソモソとふりかけご飯を食べながら、母親が洗い物をするのをぼんやり眺める。中学に上がった頃は同じぐらいだった目線が、もう頭ひとつ分ぐらい下になってしまった。そろそろ父親とも並ぶ。でもきっとたぶん春には抜かしてしまうんだろうな。
バレーボール部に所属していた三年間でずいぶん背が伸びた。そこまで真面目にやっていたつもりはなかったけど、バレー部とかバスケ部は背が伸びるって聞くし、俺もたぶんそうだったんだろう。そのおかげかどうかは定かではないけれど、スポーツ推薦をもらって次の春から梟谷学園高校に進学することになった。
特待生ではないからちゃんと勉強もしないといけないけど、バレー部への入部はもう決まっている。たくさん食べて背が伸びるぶんには何のデメリットもない。
「お風呂入る前に、食べたお茶碗は洗っておいてね」
「はーい」
片付けの終わった母親に適当な返事をしつつ、残ったご飯をかきこんだ。まだ宿題もあるし、さっさと風呂に入らないとな。言いつけを守って洗い物をするために立ち上がったら、ギシっと膝が鳴った気がした。
宿題をしてストレッチをして、普段通りの時間に布団に入った。いつもなら朝までぐっすりなぐらいに眠りが深いのに、今日はふと夜中に目が覚めてしまった。原因はわかってる……やっぱり膝が痛い。
「うぅ……」
眠気に負けそうになりつつも、なんとか膝に手をやった。手のひらで膝頭を温めるみたいにさすってみるけど、あんまり効果はないっぽい。布団の中で膝を曲げたり伸ばしたりしてみてもキシキシと嫌な感じがするだけで、じくじくとした痛みにだんだんと眠気が覚めてきてしまう。
「痛い、な……」
この痛みはいわゆる〝成長痛〟ってやつで、急激に背が伸びることで起きる、と整形外科で言われてる。原因はわかってるから練習の時にサポーターを着けたり風呂でマッサージをしたり対策は色々やってるけど、こうやって夜中に痛みで目が覚めるのが一番つらい。
ぎゅっと体を丸めて痛みをやりすごそうとしても、激痛とまではいかない曖昧な痛みが俺の眠気を奪っていく。今日は足首はそうでもないけど、膝のほうが痛いなあ。そういえば梟谷の12番のひともロンサポしてたけど、あのひとも膝が痛かったりしたんだろうか。
いったん覚めてしまった目はなかなか閉じてくれない。俺は市体で見た〝スター〟のことを思い出していた。流れるような助走からの美しいジャンプと、力強いスパイクは今思い出しても胸がスッとする。あんなふうにスパイカーを飛ばせたいなあ、と思わせるようなジャンプは梟谷へ進学するのを決めた理由の一つでもあった。
「あのひと、俺とひとつしか変わらないんだよな」
すごく楽しそうにバレーをするあのひともまだ成長途中なのかな。こんな風に成長痛になったりするのかな、こんな時どうしてたんだろう。
「やっぱり、痛いなぁ……」
もっと頑張って練習してたら、もっと上手いセッターになれていただろうか。セッターも背が高い方が良いよな、筋力ももっとあったほうが良いかな、ああ……膝が痛い。
眠いのに、痛いのが気になってしまう。〝痛い〟のを違うことにすり替えたくていろいろ考えてみるけど、浮かぶのは〝もっと背が伸びたい〟〝もっと上手くなりたい〟そんなことばかり。こんなにバレーのことを真剣に考えたことなかったのに、変なの。
なんとか眠りにつくために閉じた瞼の裏に浮かぶのは、あの日目を奪われた〝スター〟の存在。
あのひとにトスを上げたら、どんな風に打ってくれるだろう。今のこの痛みが自分の成長につながるんだったら、我慢しないといけないなあ。でも痛いのはやっぱりちょっと嫌だな、眠れないから。睡眠不足って身長伸びなくなるやつだから、ちゃんと寝たいのに。
「ふわ、ぁ」
少しずつだけど眠気のせいでおぼろげになる思考と、ハンパな痛みのせいで同じところを回る記憶。ぼんやり高校でバレーをする自分を思い浮かべながら、瞼の奥できらきらと輝く星に手を伸ばす。ああでもまだ届かないや……身長も、リーチも足りないから。
もっと大きくなりたいな。
チクリと痛む胸と、じくじく痛む膝。ちくしょう、早く痛くなくなれ。
こんなときどうすればいいのかな。
曖昧な痛みと向き合いながら、長い夜が過ぎていく。
2024.12.9