魔女ヒナミィSTORY




<魔女の起源>




鬱蒼と生い茂る森の中。

人の手など露ほども入らないであろう大森林の最奥。


さりとて、荒れ果てることなど無く、

自然そのものの正しい輪廻により静謐が保たれている。


今は真夏。

しかし如何に灼熱の太陽と言えど、

此処を熱で覆うことは出来ず、

ほのかに薄暗く、瑞々しい涼しさに満ちていた。




そんな所に、1人の女が佇んでいる。




「退屈だ」

開口一番、なんとなしにそんな事を言う。




思って口にした訳でも無く、

最早口癖のような物なのだろう。


女は、かつて精霊と呼ばれる存在であった。

女神や天使と呼ばれた事もある。

その強大すぎる力が故に。




「.........退屈だ」




英雄が彼女に助けを求めた。

大陸の覇者が彼女に跪いた。

なんの取り柄もない若者が、彼女に縋り付いた。


遥か昔からソコに在り、

姿は変えず在り方のみを変えて、

けれどその芯、視点は変えずに存在し続けている。




英雄は平和を願い、結果、世界を救った。

覇者は蘇生を願い、結果、妻を蘇らせた。

若者は繁栄を願い、億万長者へ変わった。




女は“そういうもの”であった。


―――願いを叶える―――


それこそが存在理由であり、

それを成すために産まれてきた。




だからこそ、叶えた。

ありとあらゆる願いを。

人には決して成し得ない奇跡の数々を。

不可逆とされる死を。

決して巻戻らない時間を。

手に入らないはずの嘘を。




だからこそ、叶えた。

例えそれが、己を蝕む“呪い”であったとしても。

ソレが真に迫ったものだったからこそ、

今も尚、女を縛り付けている。




彼女を愛した男は願った。【死なない事】を

彼女に心酔した信者たちは願った。【高貴である事】を

彼女を恐れた者達は願った【森を出ない事】を




故にこそ。

女は死なず、

気高く高貴であり、

この森を離れる事が出来ない。




余りにも豊かで広大な森の最奥に、

“遍く全ての願いを叶える願望器”として

願う者を待ち続ける。




「あぁ、退屈だ」




故にこそ、この口癖だ。

女は渇望している。

────この退屈の終わりを。









「こんな所に...人?」




己の願いを叶えられない

そんな女だからこそ。

降って湧いた幸運、願望の成就に......

退屈が、覆る。

そんな予感がした。


女は、この日を境に

【魔女】を名乗った。





短編小説「魔女の起源」

作者/執事けけ