公開投稿
2025.09.19 10:25
シェイマリの出会いの話
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前回上げたアンドラスくんとヴァプラちゃんの小話、好評だったみたいで大変感謝しています。語彙力がないからって今まで避けてきた小説ですが、投稿して見てもらってから文章書くのがちょっと楽しくなってきたので今回は前にイラストで描いていたシェイドとマリシャスの出会いの話を書いてみようと思います。
その日は酷い雨だった。市街で賊に追われ、フジイモブキの生い茂る湿地帯まで逃げ切った俺は目に付いた廃墟の壁に背を預け、座り込んでいた。屋根なんてものは無く、空から降り注ぐ雨水が傷口に染みる。傷を瞬時に治すための魔力も体力も残っていない。このまま力尽きるのを待つばかりだった俺の目の前に一人の女が現れた。
その女は無言でへし折ったフジイモブキの葉を俺に差し出す。顔は笑っていないが不思議と敵意は無いように思えた。それでも警戒はしたまま見つめあっていたが、程なくして彼女の方から口を開いた。
「いらねえのか?」
その言葉にハッとし、俺は返事を返そうとしたが、彼女の手の痣に目が移ってしまった。
「その手の傷は何だ?」
意識が朦朧としていたのもあって痣にしか目が行かず、聞かれた事とは関係の無い受け答えをしてしまった。
「何言ってんだオメェ?」
案の定、女は眉をひそめている。俺は何か言い返そうとしたが、言葉を発することも出来ないほどに意識が混濁していく。
「どう見てもオメェの方が重症だろ?ほれ、肩貸してやるから捕まるっちゃ」
そう言って女は俺の前にしゃがみこみ、手を掴んで肩にかけ再び立ち上がった。
「にしてもオメェ、なんであんなとこにいたんだ?名前は?どっから来たっちゃ?」
雨の中、男に語りかけながら運び歩くけど何にも返事しねえ。コイツ気絶してんのか?まあええ、今日は見回りとか何もねえし人1人入れれるスペースはあっから家に入れてやるか。にしても変わったヤツだなあ、死にかけてんのに自分よりオラの手のこと心配するやつなんて初めて見たっちゃ。コイツ、おもしれえ男だな。
目が覚めると、そこは見知らぬ部屋だった。石造りの家に簡素なベッド、小さなテーブルには食べ終わった後と思わしき皿が置いてある。それ以外には何も無く、埃っぽい空気が舞っているだけだ。
「目ェ覚めたんけ?」
そう言って女が部屋の中に入ってきた。おそらく、ここは彼女の家なのだろう。手にはパンと水の入ったコップ、それにフジイモブキの芋と葉を取り除いた茎を持っている。
「ん」
女はパンを半分に千切ると俺に差し出した。
「こんだけしか飯なかったっちゃ。あと茎。苦えけど齧るだけでも魔力は戻んだろ。それと芋はやれねえ。」
「ああ、十分だ。ありがとう。」
俺は彼女に礼を言いながら食料を受け取る。タダでさえ家に居させてもらっているんだ、多くは求めない。それに俺はフジイモが好きではないからかえって好都合だ。少しでも早く魔力を回復したかった俺は真っ先に茎を1口齧った。
「……美味い」
確かに苦味はあるが瑞々しく新鮮で、適当な調味料で煮れば美味しく食べられるだろう味をしている。それに1口齧っただけなのに魔力がぐんと戻ってくるのを感じる。これを苦いというだけで食わずにいるのは勿体ない代物だ。しかし何故だろうか、俺を見る女の顔が心做しか引きつっているように見える。
「オメェ、やっぱおかしいっちゃ。」
解せぬ。確かに俺は人とズレている自覚はあるし、今までも白い目で見られたことは多々あるが、いざ目の前でそう言われるとやはり腹が立つ。助けてくれた恩はあるが、コイツも俺の事をからかってるに違いない。
「こんな茎美味そうに食ってんの他に見たことねえ。それに瀕死のくせして他人のケガ心配したりよお。オメェ、おもしれえヤツだな!」
「は?」
どうやら違ったらしい。馬鹿にされてる可能性も考えたが、どうにもコイツの笑顔には悪意がない。むしろ可愛いとさえ思ってる俺がいて驚いている。
「そういやオメェ、名前は何つうんだ?」
「……マラコーダ、シェイド・マラコーダだ。」
咄嗟に父の苗字を使ったが、国を出てから名前を教えることも聞かれたこともなかったなと思い返す。母方の姓であるモルトロードを名乗るべきだったのかもしれないが、俺は国や王族としての地位も捨てたんだ。ましてや、あの女を母親だと思いたくもない。
「シェイドだな。オラはマリシャス=バルバリッチャ。オメェ、他に行くとこあるんけ?」
そう聞かれると何も言えなくなってしまう。故郷を出る事しか頭に無かったものだから他に行く宛てなど無い。だから正直に答えるしかなかった。
「……ない。」
「そうか。」
彼女はそれだけ言うと手に持っていた芋を丸かじりした。普通ならおおよそ聞くことはないであろうリンゴを齧るような音がする。おそらく生だ。普通なら腹を壊しそうなものだが、コイツはあまりにも淡々と食っているから多分相当胃袋が頑丈なんだろう。
「それ、美味いのか?」
「ん、不味くはねぇけど旨くもねぇ」
「はあ、せめて蒸すなり何なりしたらどうなんだ?」
「オラ料理なんてできねえっちゃ」
俺は頭を抱えたと同時に部屋の様子に納得してしまった。家族や使用人がいるならまだしも、一人暮らしでろくに家事も出来ないまま、よく生活できたなと逆に感心してしまう。バルバリッチャは淡々と答えたが、その後すぐに俯き小声で呟く。
「おっかあがまだ生きててくれてたらな……」
そう言った彼女の顔はどこか寂しげだった。感情が無いのかと思っていたが、亡き母を恋しく想う気持ちはあったらしい。同情すると同時に母との良い思い出が一切ない俺にはそれが羨ましいと思ってしまった。
「はあ、治ったら蒸かし芋でも何でも作ってやる。」
「んお、ええんか?」
「助けてくれた礼だ。」
正直言うとどうしてこんなことを言ったのか分からない。礼をしたいのは本当だが、それよりもバルバリッチャのことが放っておけなかった。1人でも生きていけるのだろうが、どうにも目が離せない。
「別にんなこと気にしねえでええのに……。それよりアンタ、行くとこねぇんだろ?だったら、ここにいる間しばらく部屋貸してやるっちゃ。」
「いいのか?」
「ええよ、どうせオラしかいねえし。それに生の芋とパンしか食ってねえからさ、シェイドの飯食ってみてえっちゃ。」
「……本当はそれが目当てなんだろ。」
「へへ。」
そう言ってバルバリッチャは叱られても反省していないイタズラっ子のような顔をして小さく舌を出す。俺は呆れてため息をつくが、それと同時に彼女の仕草に思わずときめいてしまっていたような気がした。
こうして俺はバルバリッチャの家に一時的に同居することになったのだが、後に二人で街を離れ、遥か遠いディーテの地にてマレブランケを結成することになったのはまた別のお話。