成田才次郎

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二本松藩での伝統的な剣法が「突き」となったのは、忠臣蔵でお馴染みの松の廊下事件が発端。
初代二本松藩主・丹羽光重公の妹が浅野内匠頭長直に嫁いでおり、その光重公妹の孫が事件当事者の長矩さんなので、長矩は光重公の大甥にあたるわけです。
事件当時、本町谷の隠居御殿で病臥中だった光重公は、報告を聞き、
「浅野公はなーーーーんで斬り付けよったんじゃ! 突いときゃ殺れたもんを…!」(※セリフの創作がひどい)
と言ったことから、それ以来、藩の剣法は突きが伝統になったということです。
これによって普段から「敵を倒すには、突け」と教えられたそうで、才次郎も父にそう諭されたらしいけど、「子供の力では斬りつけても敵は斃せないだろう」という意味合いのほうが強かったと思われ。
※自分が昔書いたブログの文章持ってきました(http://kasumi.blog.jp/archives/21900963.html

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