第二回 「卒業式」

 式を終えてあっちこっちと引っ張られ、散々に後輩達に泣きつかれて宥めてすかして自分も釣られて泣いて、そんな事をしていたらすっかり松本とはぐれてしまった。

 どうせまた後で深津達と集まって食事に行くし良いかとも思ったがそうなると二人でいれる時間が今日はない、と思い至り体育館裏の日当たりのいいポイントに来た。

 ここは松本とよく二人で居た場所で、初めてキスしたのもここだったなあ…と思い出し、恥ずかしくなって頭を振る。

 もうここで松本と二人で居れることがないんだ、と思うと少し鼻の奥がじん…としてきた。

 ここでの三年間は思い出がありすぎて今は何を思い出しても泣いてしまいそうだ。辛いことも山程あったけど楽しいことも嬉しいことも山程あった。クラスは違ったけどそれ以外は四六時中と言っていいくらい松本と一緒にいた思い出がまだ冷たい秋田の風に乗せて過ぎていく。

 最後にもう一回ここで話したかったな。

 風に靡く葉の隙間から降る木漏れ日の眩さに目を細めて空を見る。チカチカと眩む光に手を翳してまだ冬の様相の高い青空を見上げたまま「松本どこ行ったのかな」と呟いていると背中から足音が迫ってきた。

「やっぱりここに居たのか。はぁ…探したぞ一之倉」

 振り向くと息を切らした松本が体を折って膝に手を突き、荒い呼吸を整えようと深く深呼吸をしている。学ランもワイシャツも見事にボタンを全部取られて開襟状態、黙ってムッツリした顔をしていたらちょっと不良に見えなくない。

「はは、派手にやられたなあ」

「笑うなよ」

「だって、追い剥ぎに遭った後みたい」

「違いねえ」

 アハハ、と笑って松本が上体を上げて俺に近寄る。さっき最後に見掛けた時はジャンケン大会になってたから凄かったろうな。

「一之倉は綺麗なもんだな…お前だって囲まれてたろ?」

「うん、俺に外周で勝てたらあげるよって言ったら皆辞退してった」

「そりゃ誰も勝てねえな」

「俺に勝てないヤワな後輩にボタンやれないだろ」

「確かに」

 会いたいと思ったときにタイミング良く現れるなんて。俺は最後にまた松本とここで二人で話が出来ることに嬉しくて気分が高揚した。

 でも残念だな。

 第二ボタンは欲しかったかも。

 松本の胸元を見て少しガッカリしたがボタンくらい分けてやってもいいか、と直ぐに思い直した。

「もうここに来れないんだな」

「うん」

 周囲をぐるりと眺めて懐かしむように松本が目を細める。木漏れ日が差してきれいだな、と思った。

「よくここに居るって分かったな」

「あー………」

 松本の横顔を見ながら制服の裾をつん、と引っ張ると松本は頭をガシガシと掻いて小さな声で呟いた。

「もう一回、一之倉と、ここで話したかったから…一之倉もそうかなって」

 最後の方は消え入りそうなくらい小さくて聞き取れなかったが、同じことを考えてたことに俺は胸が苦しくなった。

「うん…思ってた。思ってたから、嬉しい」

 お互いに照れくさくてソワソワしてしまったが、目が合うと可笑しくて笑い合った。一頻り笑ったら松本が少しだけ真剣な視線を向けてきた。

「一之倉」

「うん?」

「手」

「?」

 出せ、と手で促されて俺は左手を出す。すると松本は俺の手を取り掌を上に向けるとポケットから何かを出し、ザラザラと俺の手に載せた。大きいボタンと小さいボタン。乗り切らないボタンが落ちそうになり焦って右手も出してボタンを持つ。

「わ、へ?あ?え、え?」

 よく見ると学ランのボタンとワイシャツのボタンだった。

 多分、松本の学ランとワイシャツに付いていたボタン全部だ。

 俺はポカンと口を開けて手の中のボタンを暫く見て、思い出したように顔を上げて松本を見上げた。満面の笑みでしてやったり顔の松本と目が合う。

「俺が他のやつにボタンやる訳ないだろ?」

「…え?」

「一之倉以外の奴にやらねえよ」

 ざ、と風が吹いて木漏れ日が揺れる。

「俺は全部一之倉のもんだろ」

 松本はそう言って少し恥ずかしそうに笑った。木漏れ日がキラキラと松本の輪郭をぼやかし、その笑顔を一層眩くさせ俺の心臓を鷲掴みにする。

「…っ松本…!」

「おわ!」

 見上げた先の松本の笑顔が木漏れ日の眩しさのせいなのかキラキラに見えた。俺が感極まって松本に思い切り抱き着くと松本がぎゅうっと抱き返してくる。重なる部分から心臓の鼓動が伝わってきた。

「…俺のもあげる…」

「なんだ、俺は外周免除か?」

「…ぐす……特別に…」

「役得だな。おい、泣くなって」

「だってカッコイイ悔しい」

「悔しいってなんだよ」

 俺は松本が好きなのと、この時間が終わってしまう寂しさとでぐちゃぐちゃになって泣いていた。

 王子様か?そんな気障なことしやがって。ムカつく。好き。様になってる。カッコイイ。終わっちゃう。寂しい。

 頭の中で色んな感情が渦巻いた。

「目赤くすると深津に絡まれるぞ」

「ん…松本のせいって言う」

「俺か?!」

「松本が悪い」

「ふは、泣き虫だな一之倉。来週から一緒に暮らすだろ」

「もう…情緒ないな………」

 俺は涙を拭って松本の腹に拳をとん、と押し付けた。

「卒業おめでと」

「一之倉もおめでとう」

「来週から宜しくお願いします」

「おう、一生宜しくされる」

 俺達はまた二人で笑った。

「ほら、行くぞ。深津に絡まれたら面倒くせえから」

「大丈夫だよ、多分野辺がめちゃくちゃ泣いてるはず」

「あいつ式の途中から我慢してたもんな」

 松本が自然と俺の手を握って嬉しそうに笑う。

「走るか」

「うん」

 ちら、と振り返って見た見慣れた景色はいつもより一層眩く見えた。

    使用お題「卒業式」

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