▶︎始点
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【芸術家の戯曲】
指揮者のような人物が、宝石のように描かれてある。実にカラフルな画だ。
キャプションのないプレートを確認して、すぐに鑑賞に戻る。
少々毒々しい色彩構成は、本質を誤魔化すかのようで、それは。
躊躇いなく思考を遮られた。これで何度目だろう。
「戯曲に戯画で返したまでだ。汚い目で芸術性に触りたがる浅はかさよ。その手出さないことだな。彼は仲間の血を浴びても立っていられる。」
と芸術家が言葉を残して去っていく。
錆びれた寂しい音がする。踏みつけるように歩いて、何を背負っているの。
角ばった肩辺り、汚れのない袖周り。苦いコーヒーの匂い。
「この人は誰なの。」
問いかけが冷たい廊下に響いて続く。カツンカツン、かたい足音は遠くへ行ってしまって、答えは返ってこなかった。
一人の時間が流れる、止まった世界で動作の音がする。
鏡が並ぶ廊下に出て、コンコン。ノックして音遊び。
つめたい、つめたい世界、静かな世界。生きてないみたい。
それなら、いっそ、終われば、いいのに。
自分の全身が映る鏡の前で、足を止める。息を、止めて、みる。
映ったモノを見る、と、認識を始めてみる。
「君は誰なの。どうしているの。ひとりぼっちなら遊ぼうよ。
だって認識できないでしょ。」
声が反射する。
計算上の対比関係は事実上でも綺麗であるのに対して、いまだ再現した思考回路は一つも見当たらずに、結局は、ただの発声型信号でしかない、とでも言いたいかのようで、ほら、また、ズレる。傾聴を知らない型の拡散率と思考力が事を更に乱す、その現象と予測、全てが無意味だ。
「僕は誰なの。ここはどこなの。ひとりぼっちなら居ないよ。
だって認識できないでしょ。」
割れたモノの破片をしばらく眺めていた。
赤い液体が乾き始めた頃には、鏡の向こうには誰もいなかった。
「自分の形ってなに。」
古びた時計の音達が壁にぶつかって輪唱する、秒針は重く。
飛び散った鏡の破片を踏んでみた、まるで砂場。
「ああ、それならば。」
簡単なことだったと、時計の針が、歯車が、鋭く光帯びて動き出す。
「まっさらから始めよう!ここから全てを始めよう!!」
世界が始まる、もう一度。彼の笑い声が響く、存在を知らせるかのように。
歪んだ劇が進んでゆく、絡んだ意図が解けていく、彼を始点として。
誰も何も知らぬままに、終焉へと足並み揃い出す、彼を指揮として。