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2025.12.18 21:58
「30首ぶんの七七/短歌の素」2025/12/18(木)の雑記
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今日は連作を作るぞ、という気持ちで朝の読書に『起きられない朝のための短歌入門/我妻俊樹・平岡直子』を選んだ。諸々の家事を挟みながら本を読み進める。歌集や短歌入門書、短歌雑誌などを読んでいると、途中で短歌を作りたくてたまらなくなって左手で本を持ち、右手でノートに短歌を書きつけることになる。
私の短歌は、最初から最後までするっと一首分が出てくることが多い。上の句を書いている間になんとなく短歌のもとになる川みたいなものを見つける。最初から最後まで感覚で作っているものがほとんどなので、後から読み直した時にこれ韻を踏んでいるな、と驚くことがある。なんとなく普段から韻を意識して喋ったり、小説や日記を書くときにも短文を連ねてリズムを作ることが多いからかもしれない。音楽も、散文ぽいけど韻を踏むタイプの歌詞が乗ったものを好んで聴いている。こうして考えると、自分は言葉の気持ちよさばかりを摂取したがっているな、と思う。意味はいくらでも見つけられるから、瞬間風速の気持ちよさを浴びたいのかもしれない。引っかかるもの、違和感が効く短歌が非常に好きで、よくわからないものに出会うとぞくぞくする。ほどけないものの前で立ち尽くしたいという欲求が根底を支配しているように思う。
自分がうとうとしているときの短歌のもとをわりかし信頼している。
今日も気圧の変化に押されて日中泥のように眠ってしまったのだが、その間際に下の句をとりあえず30個出してみよう、と思い、メモに残していたのだ。書きながら眠っていて、字がぐにゃぐにゃになっていた部分もあった。起きてメモを見たとき、おもしろ、と単純に思った。意識が半分以上ないときの自分から出てくるものは、濃度が限りなく濃い自分の思想や願望に近い。
短歌という詩型において難しいことをしようとしている自覚がある。これ、このままブラッシュアップして川柳にした方が明らかに面白いな……というものは川柳に回したりもしているが、今回は上の句からではなく下の句から作ったため、このまま短歌が作れそうな気がしている。ただ、毎回最初から最後まで一首を作って次、という形をとっていたので、今回がどうなるかはわからない。どうなるのか楽しみ。30首作って連作にするのは難しいので、最低でも50首くらいは作りたい。
新人賞に出す連作は難しい。自分の人となりがじっと見られるのは、かなり厳しくなる部分があるな、と思う。単純にじっと見られるのは緊張する。でも、自分の作品にフィードバックをもらえる機会としてとても貴重だから、なるべく多くの新人賞に応募したい。
今までどのような人生を送ってきたか、何をどのように受け取ってきたか、という部分に、自分の場合「幻視」や「幻聴」といった幻覚症状、情報を受け取りすぎる、音が視覚に介入してくるといった特性が関与してくる。整合性の取れなさが自分の核にあり、自分はそれを当たり前として生活しているので、いきなり夢のような表現があったり、現実と幻覚の境目が曖昧になったりするのは本当に自分が見ているものそのものであったりする。それを短歌として並べたとき、整合性の取れていない中にも静かに透明な秩序があることを自覚できる。私は、短歌という詩型を通して、自分の世界の秩序を見ている。次の連作で、どれくらい自分のことがわかるのか、自分が一番楽しみにしている。
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