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2026.01.06 22:52

「短歌と川柳の壊れかた」2026/1/6(火)の雑記

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 2026年に変わってからドタバタと日々を過ごしている。溜めている返信を少しずつ返している。自室にコップがみっつある。ぼうぼうと頭の中でハウリングする煙が変に貝じみてくる。ひとつの貝が、硬い音をたてて落ちる。落ちる、ということは着地する床があるということ。カメラの先に自分の足が見えた。色がわるかった。



 自分の短歌が面白くなる景色を信じて疑わない。呑気なだけなのかな。それにしては強固だなと思う。

 


 短歌と川柳でやりたいことは全くちがう。


 私が短歌でやりたいことは「融点の操作」「崩れそのものを立体にすること」であり、川柳でやりたいことは「沸点の操作」「崩れたあとの再構築、取り戻せない場所がもつ歪みを平面の地図にすること」だから。これはまた、後日記事にしたい。



・ぐずぐずと嫌な崩れ方をしてほしいのが短歌。気持ちよいけど何処か居心地の悪さを感じる場所に残っていた足跡をしげしげと眺めるときの、脳のやわらかくなる感じ。


・川柳が崩れるときはごっそり崩れてほしい。知らないバットの振り方でホームランを出すような気持ちよさがある。

・平面の中では立体よりもっと暴れることができる。