公開投稿
2024.12.10 10:09
【落書き】ア◯エヨーグルトの日(20代後半?の大人兎赤)
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ア◯エヨーグルトの日(大人兎赤)
「お帰りなさい。朝ごはん、できてますよ」
ルーチンのロードワークを終えて家に帰ると、モコモコのルームウェアにエプロン姿の赤葦がキッチンから俺に声をかけてくれる。すっかり寒くなった外は吐く息が白い。今年いちばんの寒さを更新って言ってたけど、今週はずっとそんな感じになりそうだな。
ざっとシャワーを浴びてからドライヤーで髪を乾かして、ちゃんと服を着てから朝メシだ。冷えるとダメって赤葦に怒られちゃうから、夏場みたいにラフな格好でいることは許されない。そのへんの習慣も普通になってできるようになったこと。ミャーツムの先輩であるキタさん言うところの『ちゃんとやる』ってやつだ。
チン、とトースターのタイマーが切れる音がした。大阪に住むようになってちょっとだけ厚くなった食パンにバターとはちみつを塗り、綺麗な目玉焼きとサラダが盛りつけられた皿にのせる。俺の隣では赤葦が温めたスープをカップに注いでる。黄色っぽいからコーンのスープかな。粒々が入っているかどうかは、赤葦行きつけのスーパーの特売しだいで、俺は粒入りの方が好き。高校ん時の帰り道に赤葦と飲んだやつを思い出すから。
「コーヒーに牛乳入れます?」
「プロテイン飲んだからいいや」
「じゃブラックで」
二人揃ってテーブルについて、いただきますの挨拶は忘れない。だいたい二週間ごとの朝メシの風景は今日もいつも通り……あれ。
「いただきます。って、どうかしましたか? 木兎さん」
「うん、今朝もこのヨーグルトだなって」
定番の朝メシにはだいたい何かしらデザート的なやつが付いていて、バナナとかの果物系だったりヨーグルトとかスムージーとか日替わりだったりなんだけど、今日は珍しく昨日と同じヨーグルトだった。
「ああこれですか。今日はこのヨーグルトの日なんだそうです」
〝ア◯エヨーグルト〟と書かれた緑色のパッケージは、スーパーとかコンビニとかで見るやつ。よく食べてる4個パックのやつよりも大きくて食べごたえがあって好きだけど、二日続けては珍しいなと思ったら……〝ア◯エヨーグルトの日〟? そんなのあるの?
「スーパーでこれの試食をやってて、販売員のお姉さんが教えてくれたんですよ。面白いな〜と思って4つも買っちゃったんで二日続けてになったんですけど……嫌でしたか?」
「ううん。特売だったの?」
「よりどりセールでかなりお安くなってましたね」
「……さすが赤葦、もう俺よりもこのへんのスーパーに詳しくなってる」
月に1〜2回は俺の面倒をみるために大阪まで来てくれる遠距離恋愛の恋人は、俺よりもこの街に馴染んできている気がしてる。近所のスーパーの特売日はちゃんと把握しているし、商店街の肉屋さんの美味しいコロッケとかフカフカの食パンを売ってるパン屋さんとか路地裏の焼肉屋さんとか、どこからか情報を仕入れてきてるんだ。
「試食の方はほんとお上手ですよね、つい多めに買っちゃいました」
トーストの最後のひと口をパクリと頬張って、赤葦は目を細めてむぐむぐと口を動かした。ほんと美味しそうに食べるよなこいつ。今日のパンもたぶんいつものパン屋の。『大阪では〝明日のパン〟って言うんですよ』って、教えてくれたのも赤葦だ。そのうち赤葦が大阪弁を喋り始めても、俺はたぶん驚かないだろうな。
「それにさ……赤葦、ナントカの日も好きだよねぇ……」
「まあ仕事柄そういうのはチェックしてますし」
食後のデザートであるところの〝ア◯エヨーグルト〟を開けて食べ始めた赤葦は、ちょっとだけ考えてまた口を開く。
「ただのこじつけみたいなのからちゃんとした根拠があるものまで色々あって、面白いですよ〝ナントカの日〟」
「今日のこれは?」
「企業の販促ですね。特売になってたんで俺には良い日でした」
「ふぅん……」
「それにアロエは胃腸にも良いらしいですし、あなたの体にも良いかなって」
美味しそうにヨーグルトを食べながら、ふふふと目尻を下げて俺を見る赤葦の笑顔の破壊力は、反則だなあって思う……もう。
「ナントカの日だけじゃなくて、俺のことも好きだよなあ赤葦は」
「なにをいまさら……好きに決まってるでしょうが」
当たり前でしょ、みたいな顔をして赤葦はスプーンを置いた。なんか俺が一人で照れてるみたいで参ってしまう、言うようになったなあこいつめ。
「片づけるんで、さっさとそれも食べちゃってくださいね?」
「ああ、うん」
食器ののったトレイを持って立ち上がる赤葦のほっぺたはちょっとだけ赤くなってて、よかった俺だけじゃなかったって安心してヨーグルトの蓋を開けたら手がすべった。
ピッてヨーグルトの雫が俺のほっぺたに飛んできて……やっぱり俺のほっぺたも熱かった。
2024.12.10