公開投稿

2025.10.26 21:20

母と自分の話し

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こんばんは( ˇωˇ )


今回はthe GazettEのことではなく、自分の過去の確執的なことを自分の為に書き残そうと思います。

ご存知の方も数名いらっしゃるとは思いますが、私は母親と上手くいかなかった(圧倒的にコミュニケーション不足の家庭)人間の一人です。


本当に今の今まで、”絶対に分かり合えない”と思っていたのが母親です。

もちろん母親が全部悪いとかでもなく、父や兄、自分も含めて、本当にコミュニケーション不足だったのが、積もりに積もって”なるべく関わらない”選択をしてきました。


私は今、れいたさんの一件をきっかけに、心がぐちゃぐちゃになって、(転職したばっかで上手くいかない日々も重なり)仕事も半年しか保ちませんでした。

でも家族にはやはり何も相談出来ませんでした。

その時ですら、心療内科を受診しよう、なんて気持ちすら持てず、ただただ真っ暗な部屋に引きこもってました。(ハロワの講習的なものには失業保険の為に出てはいましたが)

失業保険が切れてから、もうどうしたらいいのか分からず、家族にも相談出来ず、リアルに途方に暮れていたんですが、たまたまインスタをぼんやり眺めていた時に就労移行支援事業所(身体・精神障害者向けの就労移行支援の学校的な/前年度の収入の有無で月額支払いで通う)なるものを知りました。

こう言う単語で表現するのはアレなんでうけど、自分が障害者に該当するとは思ってなかったのですが、とりあえず、家から3分のところに、たまたま就労移行支援事業所があり、「とりあえず、見学だけでもしてみるか」と見学へ。

見学の際にそこのスタッフさんから「一度、心療内科に行ってみよう?」と言葉を頂きました。

「(行ったところでどうなる?)」「(心療内科の医者に何がわかるってんだ?)」って最初は思っていました(苦笑)

今思えば、本当に荒んだ心でしたね。

そこから心療内科でASDと鬱病と(他にも多分いろいろ混ざってる)診断が出て、「(そっかぁ、、)」と。

納得したような虚しいような。。

でもそれがあってから、就労移行支援事業所に通う決心をしました。

まぁ、とにかく家が近かったのでね。


通い始めて実は7か月くらいは経ったんですよ。

んで、その就労移行支援事業所内で、仲良くなれた年上のお姉さんが居ましてね。18日にその方と一緒にお茶したんですよ。その方は、なんとなく自分と近しいものを感じてて、、その方も私とどっかのタイミングでゆっくり話しがしたかったようで、お茶に誘ってくださったんです。

お互い、どうしてこの就労移行支援事業所に来るに至ったか、過去の仕事で辛かったこと、家庭のいざこざ、幼少期のトラウマなどなど、いろいろ話してきました。

ビックリなことに、そのお姉さんとは、幼少期の両親とのトラウマ的部分が似てて、「それ、わかる…!」とか言ってもらえて。

そんな話しをした18日の夜に、ほんと、偶然母親から「元気にしてますか」って連絡をもらって、お姉さんと話して勇気をいただいた、、と言うか、なんか、”あ、今なのかも。今、母親と話す時なのかも”となり、翌日の19日に、思い切って「会いに行きます。話したいことがあるので、聞いてほしいです。」と言えて。


19日の午後に母親と対面で話してきました。

会いに行くまで、本当に怖くて、不安で、会えたところで、ちゃんと話しが出来るのだろうか、と。

過去のトラウマ、幼少期の悲しかったこと、寂しかったこと、嫌だったこと、我慢してきたこと、何度も消えてしまいたかったこと、電車に飛び込もうとしたこと、マンションから飛び降りを悩んだこと、手首にたくさんの傷を作ったこと、なんで今、こんなことになっているのか、、もうべしょべしょに泣きながら、嗚咽混じりに、話しをしてきました。

4~5時間話してましたね(苦笑)大人になって親の前でそんな泣く?ってくらい泣きましたね。

母親も大泣きしながら沢山謝ってくれました。

もちろん、トラウマが消えるワケでもないし、話しを聞いてもらえたからとは言え、今でも母親を許せない部分もあります。

お互いが、お互いにダメだった部分もあります。全てが母親だけのせいなワケでもないのも今になっては分かります。

今抱えてる鬱病も睡眠障害も治るワケでもない。

でも、【話に行く】と言う行動が取れたのは、私にとって本当に大きな一歩でした。

その行動をとれた最後の一押しは、就労移行支援事業所に通うお姉さんでしたが、今まで私の話しを沢山聞いてくださって寄り添ってくださったお友達の存在があったからこそ、(こんな30過ぎになるまで時間がかかってしまいましたが)大きな一歩を踏み出すことが出来ました。

今まで家庭事情を聞いてくださってたお友達には感謝してもしきれません。

改めて、ありがとうございました。


そんな母親からは「過去はもうどうにも出来ないけど、これからを一緒に考えて行きたい。応援もしていくから。少しずつでも話してくれたら母は嬉しいです。」と言われ、少しは歩み寄れたのかと思います。

今後は通院の日に(2週間ごと)1回、顔を合わせることにもなりました。

正直、心の負担はあるにはあるんですが、行動しないと、この先も進めないかな、と思ったので、お試しで会ってみるのを頑張るつもりです。


まだ、心の情緒不安定さはどうしてもあるけど、就労移行支援事業所に通うことで、少しずつ進んで行けたらと思っています。



私事を書き残してしまいましたが、忘れないため、これからを進むために書かせていただきました。

これが今の私ですが、これからもthe GazettEと大切なお友達の力を借りつつ、どうにか生きていけたらと思います。


長々としたものですが、読んでいただいた方、ありがとうございました。




ではまた。