「煙草売りのカエデ」
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“あの恐ろしい男は震える学生に「片付け」を命じると身支度をして部屋から出て行った。血まみれの床に扉からまっしろな光がこぼれる、もう朝になったのだろうか。 カエデは車椅子に固定されていたが、そうでなくとも周りを見渡す気力は無かった。 カエデはまだおびえた様子の男に最後だからとかすれた声で煙草を懇願した。 男は戸惑いつつも学生服のポケットの箱の、まだ残っていた煙草に火をつけ、恐る恐るカエデの口へ運んだ。 カエデは煙草をくわえると、父親秘蔵の煙草を見つけ悪魔を名乗る童女と出会った、あの倉庫の夜を思いだした。 あのときは父親の契約がどうのと喋ったかと思えば、煽られ、振り回されて、脅された。 契約を迫られ首を縦に振って気がつけば、自分はとばっちりを受けてこんな目に遭っている。 悪魔と関わったばかりに父親も自分も死に。あのおぞましい炎に存在ごと消されるのだろうか。 そこまで考えたときカエデは違和感を覚えた。 悪魔の力を享受していた父親は何故何一つ支払うことなくあの日まで無事でいられたのだろうか。 財産も、肉体も徴収されておらず、家族も亡くしていない。厳しかったが、狂っている様子もなかった。 あの夜自分が倉庫に残されていた煙草を吸うまでは。 物を媒介して契約をする悪魔がいたと、柳先生は言っていた。 だがカエデは父親が煙草を吸っている所は見たことがなかった。 商人としてあの財産を築き上げる過程で、父親は本当に悪魔の力を行使していたのだろうか。 「売買とは契約である。お互いが了承する対価をもってして所有権を移す。」 ふと、父親の声が頭に浮かんだ。 もし父親が悪魔の力を使わず、他人に金と引き換えに悪魔との契約そのものをカタチを変えて売ることで財を成したのだとしたら─────── カエデはぽつりと、乾いた笑いをこぼすと、煙草は地面に落ちた。 気づいた男がかがみ、拾い上げようとすると頭上から声が聞こえた。 「理想の自分になれる煙草はいかがかな」 場違いな軽い声が聞こえた。 見上げようとした、瞬間。 手に持った煙草は大きな光を放ち部屋が煙で満たされた。 反射的に人狼へと変化した男は煙が薄まり変わり果てた部屋を見て当惑した。 便座や鏡は消え去り、木製の壁が並ぶ。 始めからそうであったかのように燃える瓦礫が散乱し、火の粉が舞っている。木材が燃える音に混じり、波の音が聞こえる。 まるで何かの魔法が解けたかのようだった。 カエデは雑にステープラーで縫合された足で難なく立ち上がると、 落ちた煙草を拾い上げ、流れるように喋り始めた。 「ずっと思っていたんだ、何故麻袋を被ったままなのか」 「君は、見られたくないのだろう?見にくくなった己を、慈悲深い女の血で汚れていく素顔を」 あの夜の童女のように、心に抱える闇を一つ一つ曝していく、 「悪魔のことなんて知らず、あの男の治療を受けたんじゃないか?」 男は状況の変化と自身の内面をえぐる話を無視できず狼狽し始めた。 話し続けるカエデを男が遮る 「な、なななんだアンタは!一体なんなんだ!」 聞いてカエデは目を細め口角を上げて答えた 「私はカエデ、たばこ売りのカエデさ」 ” 能力もので能力一辺倒じゃなくて工夫で切り抜けるヤツがすきです(唐突) もっと伏線きれいに撒いた上で説得力のある回収がしたかった...が所詮は後付けなので仕方なし 場面は謎の廃墟での授業後、カエデが気づきを得て煙草を売るシーン。 (四肢は切り落とされたり、教育の途中で雑にくっつけられたりしてます。) ここからの脱出を対価に今さっきくわえてた煙草を売ります。 悪魔との契約の結果何が得られるかは分かっていませんが、少なくとも見た目上の違和感が消えることを知っているので、狼になっていない周平くんの顔がまぁ酷いことになっていること、それに致命的なまでにコンプレックスをもっていることを見抜き、今までとこれからの所業含めて丸ごと肯定しつつ動揺を引き出して商品を売りつけます。これが自称悪魔との契約の結果なのか、たまたまの観察眼なのかはまだ謎。 悪魔側の徴収に関しては、この世界の悪魔は存在の規模がデカく、一々人間一人一人をべったり管理する感じではないので納品される物はされてるしいいかーぐらいの温度感だったけど、契約自体を売られて軽んじられていることがバレ、雷が落ちたというのが父親のほう。 煙草は契約の媒介になっていますがそれそのものはただのタバコであるため、今回も周平くんのタバコで効力を見せ始めてます。演出のため若干フライング気味ですがそこは運命力ということで… これでほぼほぼ第0話おわりです。 今後は話ごとの脇役に焦点が当たるブラックジャックや蟲師みたいな構成にするつもりですが、引き出しがなさすぎて出来る気がしないです。