公開投稿

2025.04.29 22:46

国会図書館に自分の同人誌を納本した。

※この記事は納本方法の詳しい解説ではありません。納本前後に抱いた私の感想がメインです。そして長いです。ご注意ください。


◆ 同人誌を納本するに至るまで

きっかけは院生の弟が、自分で書いた論文を見せてくれたことです。

弟「研究誌に掲載されてるから、そのうち国会図書館にも収蔵されるよ」

私「すっげ〜!」

弟「同人誌だって納本すれば良いんじゃない?」 

……私の本が図書館に?

唖然として四谷学院の広告みたいになってしまいました。知識として全ての出版物は国会図書館に納本される(できる)ことは知っていました。でも自分の本でやろうと思ったことはありません。図書館に収蔵……誠によい響きです。


私は小説を書きますが、商業デビューには興味がありません。本業は別にありますし、趣味だからこそ思うままに書けて楽しいからです。俺の俺による俺のための創作。拙くても俺が好きだからOK! 作ることに対するド熱いパッションはありつつ、どちらかといえば内向的な創作意欲と言えます。

本屋に自分の小説が並ばなくても別にいい。出版社の意向や時流に配慮して作品を歪めるのが一番嫌! でも、図書館に置いてあったら……とは想像します。


小さい頃は毎週末図書館へ行っていました。そこで読んだ本の数々が、今の私を形作っています。あの頃図書館に、私の小説があったなら。きっと迷わず手に取って面白いと思うでしょう。だって私が今まで得たものを駆使して「自分が」良いと思える作品を書いたのですから。擬似的にでも過去の自分に読んでもらえたらなんて。まあ国会図書館の利用は18歳以上ですけど。

「俺のための」と言いつつ、あの頃の私みたいな人が、図書館で私の創作を見つけてくれるかもしれません。笑えるくらい自信過剰ですね。まあ、少なくとも1人(私)を惹きつけた実績がありますので。


とりあえず前向きに検討。詳しいやり方をネットで調べました。当記事では概要を国会図書館のホームページに丸投げします。情報元を確認するのが結局早い。


納本制度


企業・団体、個人からの納本


一応納本は義務ですが罰則はありません。個人誌なんて星の数ほどありますからね。個人でも「できること」と考えた方が実情に合っていると言えます。

ネット上には同人誌の納本レポもたくさんありました。15部ほど発行していれば納本条件に当てはまるそう。やり方も単に本を持っていくだけでよく、意外と簡単そうです。郵送でもできるらしい。

でもせっかくだから持ち込みたい! 人生をロマンという衝動で生きています。はい。


納本する本→「篤き恩寵のイェンダ」

小説 / 文庫サイズ / 258P

ウェブでも読めます


今回持ち込むのは小説同人ですが、イラスト集・写真集・評論・映像作品・音楽作品なども対象です。思ってたより幅広い。保存の観点からか、中綴じ冊子は対象外っぽい。


「ただし、ホチキス留めなど簡易綴じのもの、広く一般に公開することに支障があるものなどは、納本の対象とはなりません。」(国会図書館HP「企業・団体、個人からの納本」より)


なお、納本はその本の発行者しかできません。発行者以外が図書館の求める資料を持ち込むことを「寄贈」と言い、扱いが異なります。

◆ 納本当日の流れ

来たぜ国会図書館。

まず利用者登録を先に済ませました。納本する分には不要のようですが、どうせなら。登録には公的な身分証さえあれば大丈夫です。外国籍でもOK。オンラインで仮登録もできます。

日時にもよるでしょうが、5分とかからず終わりました。


多くの納本レポートでは、東京本館西口から入るとあります。ですが登録時に聞いたところ、本館の普通の入り口からも案内してくれるそう。

館内はB5サイズ以上の不透明な鞄や封筒などは持ち込み禁止です。荷物はロッカーに預けて、必要そうな物だけ無料貸し出しのメッシュバッグに入れました。

いざ出陣! 自動改札機に先ほど作った図書館カードをタッチして入館します。


入ってすぐ右斜方向のインフォメーションセンターに行き、「納本に来ました」と申し出ます。司書さん? スタッフさん? に連れられて、一般人の利用者の立ち入りが制限されるエリアへ。初っ端から裏側……。着いたのは事務所みたいな場所です。そこで別の方にバトンタッチ、いよいよ納本の手続きに入ります。


持って来た小説を出すと、真っ先に奥付けを確認されました。「発行者本人でお間違えありませんか?」と聞かれるので「はい」と答えます。

次に書類の記入。複写式で提出用と控えの2枚になります。氏名(本名)・書名・納本冊数を記入します。

1冊から受け付けてもらえて、2冊だと東京本館と関西館両方に収蔵されます。今回は2冊持っていきました。

100部以上発行している場合は有償も選択できます。(オンデマンド販売ならこちらも15部以上の発行で選択できるそうです!)私は無償で納本しました。流石にそこまで売ってない。

国費でお買い上げなんてすごい話ですが、手続きが大変らしいです。


人前で書類に自創作タイトル書くのなんか恥ずかしい……。一瞬ゲシュタルト崩壊して、カタカナの書き順がおかしなことになってた覚えがあります。手が震えるんじゃ。

書き終えたら受理のスタンプを押してもらいます。これで終わり。早。


同人誌だからもっと色々あるのかと思っていました。特に分けてないようです。そう思うと、一般の本と肩を並べる怖さがちょっとだけあります。

でも、それで良いのです。高尚な資料や文学のみならず、一般の人が自由に書いた物も立派な本だって認められているってことですから。他人を害したり権利を侵害しなければ、どんなにチャランポランな物でもです。これは国が個人の発言や自由な意思を尊重している証明にもなります。それだけでも私の本をここに残す意義は十分にあるはずです。



◆ 記録のロマン

話は変わります。記録というものが好きです。「イェンダ」の中でも、未来に伝えることを少々扱いました。そして今構想している別の話も、記録や記憶にまつわる物語になりそうです。


最近「チ。-地球の運動について-」のアニメを観ていました。漫画も読んでいます。地動説を軸に、託すことや知を追い求める執念を描いた物語です。「文字は、まるで奇蹟ですよ。」のセリフで一気に引き込まれました。それですよ、それ! 本当にそうだと思います。


私は日本神話が好きです。神話は神様の話だけでなく、昔の人の考えや暮らし・情勢が、神々を透かした向こうに感じられる。そこが非常に面白い。古事記・日本書紀は1300年以上も前の物なのに、私の手の中でいろんなことを教えてくれます。だから残してくれた先人たちへの感謝は大きい。

語る人もおらず、文書も失われた物語は、タイムマシンが発明されない限り復元は不可能です。残ることには大きな意味があります。内容だけでなく、残した人がいる事実に胸が熱くなります。


ひょっとすると何十年か何百年かの未来に、私の小説も誰かに何らかの思いを抱かせるかもしれません。ロマンですよね。私個人に対してでなくてもいい。人類全体の記憶として、本が、情報がたくさんあることにまずワクワクします。いえ〜い未来の人見てる〜?


個人で残すには困難が伴います。設備とか協力者とか。作者が死んだ後も、懇切丁寧に世代を超えてまで管理を続ける人は少ない。対して図書館はその手のプロ。しかも個人の出版物まで扱ってくれる。なんて心強いんでしょう。

◆ おわりに

……なんか、ただ本を図書館に持って行っただけなのに。いろんな感慨がありましたね。「記録」についてこんなにも大きな思いを抱えているとは自分でも思いませんでした。帰りの電車で人混みに揉まれながら、ひたすら「すげー」ってなってました。


要は、いろんな作品や考えが優劣なく収められ、残される凄さを噛み締めたってことです。

これを読んでいるあなたが個人的に作った物だって、人類の足跡そのものです。気が向いたら納本も視野に入れてみてくださいね。


そして2025年4月29日、国会図書館サーチに登録されているのを発見しました。あ、ある!!

ワロタ。読み仮名間違っとるやんけ。

現時点では「アツシキ」になってるけど「アツキオンチョウノイェンダ」です。自動で振られてるんだろうか。修正できるか問い合わせてみます。

↑問い合わせ前にいつの間にか修正されてました! よかった〜。


というわけで、長々とお付き合いありがとうございました。みなさま良いGWをお過ごしくださいませ〜!