月下の旅舟
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これは、私が子供の頃、祖父から眠りの前に読み聞かせとして聞いた話です。
私の祖父は物書きをしていました。
書いても、売れることのない物書きでした。
しかし、私はそんな祖父の書いた物語が、どうしようもなく好きでした。
だからこそ、祖父がこの世を去るときに、
「自分の作品はすべて燃やしてほしい」と頼んだのを、私は拒み、同時に祖父の物語を世に遺し語り継ぐ道を選びました。
これから語るお話は、生前、祖父が眠りの前に読み聞かせとして語ってくれた物語のひとつ。
どうか、静かな夜に、耳を傾けて行ってください。
昔のことです。
とあるお城がありました。
そして、城には一人のたいそう美しい姫君が父君たちと共に住んでいました。
姫君は竪琴をこよなく愛し、満月の夜になると城下に向けて奏でていたと言います。
そして、城下の民もまた、満月の夜に奏でられる竪琴の音色をこよなく愛していました。
姫君とその竪琴の音色の美しさからか分かりませんが、いつしか城は満月城と呼ばれるようになりました。
所で、乙女が不幸な最期を遂げると精霊になる、という伝承があるのをご存知でしょうか。
祖父が語るには、木や森の中で死を迎えると木霊のドライアドに、恋に破れたりして死を迎えるとウィリと呼ばれる精霊に。
そして、水の中で死を迎えるとルサルカと呼ばれる水の精霊になるそうです。
話を戻しましょう。
或る、夜のことでした。
満月城は、姫君に懸想するも破れたとある家臣の裏切りで敵から攻められてしまい、戦火の中に消えてしまいました。
父君達は炎に消え、姫君は一人、追手に怯えながら凍てつく雪原の中をひたすら逃げて行きます、竪琴を抱えて。
しかし、残酷なことに追手によって姫君は湖を見下ろす断崖へと追い詰められてしまいました。
裏切り者は言い寄ります。
己の妻になれば不自由ない暮らしを与えようと。
しかし、姫君は応じません。
家族や世界を奪われて尚、惨めに命ながら得るくらいならば死んだ方が良いと語った姫君は、隠していた短刀で胸を貫きます。
そして、最期の力で竪琴を奏でながら、自ら湖へと沈みました。
青い夜空を見つめ竪琴を抱えて。
沈み行く姫の目には満月が映っていました。
いつしか、この辺りでとある噂が広まります。
満月の夜になると湖のほとりに一人。
哀しく竪琴を奏でる、水の精霊ルサルカになった姫君が現れると。
その奏でる音を聴いた者たちは死を選びたくなるほどに哀しくなりました。そしてかつて姫君の奏でる竪琴を愛した民は、一人また一人と居なくなりました。
こうして慈愛に満ちた竪琴を奏でた、気高くも美しき姫君は、死して悲哀に満ちた竪琴を奏で、死へと誘う美しい化物の様な水の精霊へと変わり果てました。
今は湖のほとりに住む人は誰一人としていないそうです。
しかし満月の夜になると、湖畔に姫君が現れて聴く者のいない竪琴を、哀しく奏でているそうです。