公開投稿
2024.11.21 08:30
【落書き】雨降る夜(兎→赤のまま終わった?世界線)
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『雨降る夜』
天気予報を読むアナウンサーが『夕方から夜半にかけて降る雨で、季節がまた一つ進むでしょう』と言っていた日の夕方。予報通りに霧のような空模様はだんだんと本降りの雨に変わって、日暮れの早くなった街はあっという間に薄闇に包まれてしまった。
髪に降りかかる雨粒が鬱陶しくて、木兎は仕方なしに持っていたビニール傘をバサバサと広げる。もともとはジャンプ傘だったはずだが、ボタンを押しても真ん中あたりで引っかかってしまって開いてくれない。ぐっと力を込めて無理やり先へ進めたら、傘は不満そうに最後の最後でポンと開いた。
ぱたぱたと雨粒がビニールの上で跳ねて、傘づたいに雫が溢れていく。少しずつ強まる雨足と、晩秋独特の強い風のせいで急に気温が下がってきたような気がする。
季節が一つ進む、なんてカッコつけた言い方しなくても寒くなるでいいのに。と木兎は心の中で悪態をついた。
「さむ……」
思わずフウッと吐き出した息がふわりと白くなった。気温が低い証拠だ。あの頃なら『コンビニの中華まんが美味しい季節だ』なんてはしゃいでいた季節も、今はちっとも楽しくない。気温が下がるとアップにも時間がかかるし、なかなか体が温まらない。夜の寝床はひんやりしていて寝付くまで時間もかかる。体の動きが鈍るだけじゃなく気持ちまで憂鬱になるから、いつの頃からか寒い季節が嫌いになった。
雨足はさらに強くなる。吹き付ける風と、左肩に滴る雨。ビニール傘をどれだけ深く体に被せても、成人男性の平均よりも大きな体を持つ木兎の全身を覆うことはできなくて、庇いきれなかった左肩に雨粒が跳ねた。
『肩、冷やしちゃダメですよ。十二月を舐めないでくださいね』
『舐めてねえし』
撥水加工のパーカーを羽織っているから、雨粒自体は左肩の上を跳ねてもそのまま粒になって転がり落ちていく。濡れてはいない、でも確実に肩が冷えてきているのはわかる。部屋に帰ったらストレッチを念入りにしないとまずいな、とすぐに思い浮かぶのはキャリアが長くなってきた証拠だろうか。
あなたは他よりも体が大きいから、傘も大きいものじゃないとダメですよ。
そう言って自分の傘を差し出してきた男は、今どこで何をしているのだろう。自分だって平均よりも大きかったくせに。そもそもが他人の心配ばかりする男だった──この傘だって自分用に買っていたクセに、惜しげもなく木兎に差し出してしまうような男。
いや、違うか。他人の心配、じゃなくて〝俺の心配ばかり〟だったな。
木兎が思い出したのは、厳密に言うと意識的にすり替えた記憶だった。思い出さないようにしているのに、条件が重なるとふとした拍子にすり替え前の記憶が蘇ってしまうのだ。ぞくりと冷えた心が寒気となって背中を震わせて、体温が下がってくる気がしてくる。
本格的に調子が落ちると明日以降に差し障るから、木兎はまた無理やり記憶に蓋をすることにした。
こんなふうに雨が降る夜はほんとうにいけない。古傷が疼いて、眠れなくなってしまうから。
風が強くなった。襟元を立てても隙間から冷たい空気が入り込んでくる。
左肩に滴る雨が止む気配は無さそうだった。
2024.11.21(1300字程度)
Xに上げられていた素敵なマンガに触発されて
サカナクションのAme(B)を聴いていたら書きたくなった
兎赤未満で終わったぽい世界線の落書き