公開投稿
2024.07.17 19:00
【掌編/穹丹】ミッドナイト・コール
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真夜中の通話。時系列的にはver.2.0くらい。
付き合ってるしやることもやってるけど、基本的な距離感は親友の時と変わらない感じだと私に良き。
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時刻は消灯時間を少し回った頃。
この夜、丹恒は珍しく早めに床についていた。
窓のない資料室に籠っていると、時間の感覚が薄くなりがちだ。普段ならそれでも特に問題ないのだが、今は自分以外の乗員はみな出払っている。留守を預かっている身として、夜更かしのせいで連絡が取れないようなことがあってはならないと、ここ最近は意識して規則的な睡眠を取るようにしているのだった。
依然として「記憶」という名の夢は彼の眠りに現れるが、前と比べて悪夢に苛まれることは減ってきたように思う。
龍尊の力と共に過去の影を受け入れる覚悟を決めたからなのか、それとも他の要因があるのか――丹恒自身にもわからない。ただ、この列車に乗ったこと、そして同道する仲間の存在が、自身に少なからず影響を与えたのは確かだと感じていた。
徐々に意識がまどろみに沈み始めたその時、枕元のスマホが聞き慣れない音を発する。めったに鳴らないそれが、音声通話の着信を知らせるものと気づくのに、しばしの時間を要した。
(……?)
不審に思いながら、細かく振動する端末を手に取る。連絡を取り合う相手と言えばほぼ列車の仲間しかいない上、日頃のやり取りは全てメッセージで完結している。わざわざ音声通話をかけてくるような相手には、全く心当たりがなかった。
いったい誰が――画面に表示されたアカウント名を確認した丹恒の面に、驚きと疑念が浮かんだ。
半身を起こし、布団の上に座り直して、鳴り続けるスマホを見つめること数秒。ひとつ息を吐いて、おもむろに通話ボタンを押した。
『あ……丹恒?』
第一声をどうするか迷っている間に、向こうから先に話しかけられる。スピーカーから響く声はノイズ混じりだが、間違いなく穹のものだった。
「ああ、俺だ」
『突然悪い。もしかして寝てたか?』
問う声に、若干申し訳なさそうな色が混じる。こちらが通話に出るまで間があったために、そう思ったのだろう。
「いや、大丈夫だ」
それよりも、と続ける。
「どうした。何かあったのか」
わざわざ音声通話をかけてくるとは、火急の用か、それともトラブルか。緊張が声に現れたか、慌てたような返事が返ってきた。
『いや、別に緊急事態とかじゃないんだ。こっちは今のところ順調だよ』
「そうか」
その言葉に安堵しつつも、では何用だろうかと内心で首を傾げる。
顔の見えない通話越しでも、疑念は伝わったらしい。ややためらうような沈黙の後、口を開く気配がした。
『……ちょっと、心配でさ』
「何?」
『お前、普段から夢見が良くないだろ。
ピノコニーの夢境の影響で、お前に何か悪いことが起きてないか、気になったんだ』
予想外の言葉に、しばし呆気に取られる。
――ただそれだけのために、わざわざ電話を?
「……突然通話してきて、何かと思えば」
ふ、と軽く息を吐いた唇が、わずかに苦笑めいて吊り上がる。
「俺なら大丈夫だ。それより、自分の心配をしろ。
外にいる間は何が起こるかわからない、くれぐれも気を緩めるな」
「わかってるよ」
子供じゃないんだぞ、と呟く声が小さく聞こえた。その口調は不満げで、拗ねたように唇を尖らせる表情が目に浮かぶ。
彼を信頼していないわけではない。それでも言わずにいられなかったのは、誰一人欠けることなく無事に帰ってきて欲しいと、そう願うがゆえだ。
『心配してやったのに、説教されるんだもんなあ』
ぶつぶつとぼやいていた彼が、まあでも、と続ける。
『お前の声が聞けて、安心したよ』
「……そうか」
短い相槌の後、丹恒は沈黙した。しばし間をおいてから、付け加える。
「俺も、話せて良かったと思う」
耳に当てたスピーカーの向こうで、照れたように笑う声がした。
「気にかけてくれて感謝する」
『どういたしまして。あんまり夜更かしするなよ?』
「ああ、お前もな」
夜中に突然始まった通話は、いつも通りのやり取りで終わった。
既に沈黙したスマートフォンを一瞥してから、枕元に置く。時間にして10分もない程度の会話。恋仲にある者同士が交わすにしては淡白に過ぎたかと、ふと気になった。
甘い言葉のひとつも口にできないこの性分を、穹がどう思っているかは知らない。それでも、彼は声が聞けて良かったと笑い、自分も彼と話せたことを嬉しいと感じた。ならば、多分それでいいのだろう。
いつもよりほんの少し穏やかな心地で、丹恒は目を閉じる。
今夜は、あの夢を見ることなく眠れるかもしれない。特に根拠はなかったが、何となくそんな気がした。
※
「お前の夢を覗いたんだ……なんて、言えないよなあ」
ピノコニーの夢境内、きらびやかな光溢れる「黄金の刻」の片隅で。
通話を終えたスマホ画面を見ながら、穹は苦笑交じりにそう独りごちるのだった。